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T、初めての貧血
平成10年にかかりつけの内科医から、「血液検査の結果が貧血の数値になってきた。たぶん婦人科だと思うので検診をおすすめする」と紹介状を頂きました。
私はびっくり。だってそれまでは40数回にわたって献血をしていて、検査で引っかかったことが一度もなかったのです。
42歳になって初めて「貧血」と言われました(笑)
紹介状をもらったモノの、婦人科の検診ってイヤなんですよねぇ〜。
憂鬱な気持ちでイヤイヤ、渋々出かけた私。
予想通りの診察があり、結果は「3a程度の筋腫が2個」ありました。
ついでにガン検診も受けましたがもちろん陰性。
筋腫自体は多くの女性が持っているそうで、大きくなりすぎたりすることで不都合(月経過多、不正出血、貧血等)が出なければ全く気にすることはないそうです。
そのまま墓場まで持っていく人も多いとか。
半年毎に検診を受けるように言われましたが、何のかんのと期間を引き延ばし、年に一度程度通院していました。
正直言うと「検診しても、ある程度の大きさになるまでは何もしないなら、マメに通うこともないか…」 なんて思っていました ^^;)
ただ貧血には気をつけ、レバーとか牛乳を多く摂取するようにし、食事は意識していました。
U、 2年以上検診をサボって…
いつの間にか筋腫を気にしなくなっていたのですが、平成15年頃からお腹の上から触るとしこりが分かるようになってきて慌てました。
きっかけになったのは平成16年の女ばかりの新年会。
友人達とおしゃべりをしていてその話題になり、「このごろ大きくなってきたんだよね…」と言ったら、何をおいても検診に行った方がいいと強く勧められ、私もやっとその気に(遅いって!>自分)
貧血の数値もギリギリのところを低空飛行しているし、お小水を我慢すると腹部に鈍痛があるし、なにより下腹部がポッコリ(初めは、またまた太ったのかと思っていた私 ^^;)
大きさも7a程度まで育ってしまったため、あきらめて摘出手術を受けることにしました。
手術の方法は2種類あり、「帝王切開型」と「普通分娩型」
ちなみにこの「普通分娩型」ですが、下から筋腫を切り出すので「人工妊娠中絶型」と称した強者もいらっしゃいましたよ(笑)
内診で子宮の動きがよく、癒着などの心配がないと普通分娩型なのですが、私はあまりに大きくなっていたのと癒着が心配されたので「帝王切開型」と決まりました。
入院は家族の都合を考えて春休み中にしました。
3月22日入院、24日手術。退院は手術後2週間4月7日の予定です。
V、 入院前
入院を決めてから2ヶ月の余裕があったので、いろいろ考えて準備万端しようと、まずはフィットネスクラブへ(笑)
手術後の快復は体力にかかっていますよね。
大きらいな筋トレもがんばり、更にエアロビで心肺機能の向上を目指しました。
1週間前には美容室へ行って普段よりは短めにカット。
ついでにフットマッサージの店でかかとのケア(入院中ってかかとが目に付きますよね)
入院のために買ったモノは、指示された腹帯とT字帯とサージカルパット。他にはパジャマを2枚だけ。
入院案内に「パソコン持ち込み禁止」と明記されている病院ですので、前日は最後のネット。
この5年間ほどは長い間ネットが出来なかったことがなかったので落ち着かない気持ちになりましたが、仕方ありません。
W、 3月22日(入院初日)
朝の10時に病院へ。入退院受付で入院申し込みを提出。
この申込書には保証人が必要なんですよね。
典型的な核家族の我が家。
地元十勝には保証人をお願いできる親戚はいません。
以前に子供が入院したときも、高校に入学したときにも困りました。
全国ネットで転勤している方も同様だと思うけど、皆さんどうされているのでしょうか?
とりあえず今回は釧路市に住んでいる私の妹にお願いしました。
受付では入院中のテレビと冷蔵庫の申し込みをしますが、私はテレビだけ申し込みました。
10数年ぶりの入院。
それも2週間もの予定なので、この機会に食生活を見直すきっかけにしたいと、「病院から出されるモノ意外は食べないぞ!」と、密かに決意していた私です。
案内された部屋は6人部屋。
生活習慣(食生活)見直しの決意を胸に秘めている私に最初の関門。
入院初日に隣のベッドの方から、見舞客のお土産(六花亭のプリン)のお裾分け(笑)
こういうのってお断りできませんよねぇ。頂戴して食べました(苦笑)
これでは駄目だと、看護婦さんに個室が空いていないか相談。
理由は「部屋が私には暑すぎるので喉が痛いし、いびきが出ると思う」としました。
一日1500円の部屋があると言われたので、早速次の日に引っ越し。
狭い部屋ですがトイレと電話が付いていました。
結果として、この個室生活が入院生活を快適なモノにしてくれました。
初日は病棟の案内をしていただき、病歴等の確認と検査(身長、体重、採血、検尿、心電図、肺活量)
短時間ですんだので寝てばかりいました(笑)
X、 3月23日(入院2日目)
手術の前日なのでたくさんの説明を受けました。
まずは担当の先生から。
外来で一応説明されたことを再確認。
次は麻酔医の先生。
麻酔の方法(腰部の硬膜外麻酔+全身麻酔)と、リスクを親切丁寧に説明していただきましたが、数十万人に一人程度の重篤な事態なんて私にはあり得ない!(と決め込んでいる私)
その次は手術場の看護師さん。
手術前の病室での準備から、手術場に入ってからの流れ、手術後の痛みの対処方法まで… (こんなに必要ないって!)
おまけに手術中のBGMの希望まで聞かれ、有線だというのでクラシック音楽をお願いしました(笑)
全部で2時間以上の説明だったと思いますが、のちに入院費明細を見ると、「指導料」が3500円でした。
もちろん私の負担はその3割です。
あんなに懇切丁寧に患者に説明して、たったの3500円しか病院の収入にならないのかと、正直言って驚きましたね。
もっと重い病気や手術だと、安心するまで何度でもとことん説明してほしい人も多いはず。
インフォームドコンセプトって、医療関係者の善意に頼っている間は定着しないと思うけどな。
手術前の処置(除毛、へその掃除、抗生剤の豆注射)と造影剤を使った腎臓のレントゲン。
ちなみに、入院前日に自分で下腹部の除毛をした私。
16年前の帝王切開の傷跡の回りを剃ったのですが、それを見た看護婦さん。
「惜しい、もう少し下までね」とバリカンでジャ〜ッ!(笑)
(電気かみそりではなくどう見てもバリカンでした)
午後9時からは絶飲食。のんびりテレビを見て過ごしました。
手術前夜は落ち着かず、なかなか寝付かれなかった…
なんていうと格好いいのかもしれませんが、私の場合はそう言うことが無くて、しっかりぐっすり寝ました(笑)
Y、 手術当日
朝のウチにシャワーを浴びました。(この病院は朝から夜9時まで自由にシャワーを使っていいのです)
手術はお昼頃の予定でしたが、急な出産の方がいて2時間ほど延期。
お水も飲んではいけなかったのですが、のどの渇きや空腹を感じなかったのはやはり緊張していたのでしょうね。
朝のウチに浣腸。これは自分でしました(自分で出来ることは何でも自分でする私…)
3時ちょっと前に病衣に着替え、点滴をつけ、緊張をとる注射をして、メガネを外して、ストレッチャーによいしょと乗り込み、いざ手術室へ。
手術室の中に入ると確かにクラシック音楽がかかっていました。
「ん?コレってメンゼルスゾーンかなぁ?」と、聞き耳を立てたのですが、目に見える手術室の様子の方が気にかかりキョロキョロ。
個人の確認があり、すぐにストレッチャーから手術台へ。
横を向き背中に麻酔。すぐに利いてきたのが分かりました。
そして全身麻酔。あっという間に眠りに落ちました。
名前を呼ばれ起こされたときには手術もすんでいて、痛みと胸苦しさに圧倒されました。
一応会話もできましたが、まだ朦朧としていて、病室へ帰ったのは午後6時頃。
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先生から事前に、病室へ戻ったときには摘出した筋腫を見せていただけると伺っていましたが、眺めている余裕はなく痛みに苦しんでいました。
実物が見られなくて本当に残念。
←あとから先生に頂戴したポラロイド写真です
ちょっと不鮮明ですが15a×10aくらいで690グラム。
握りこぶし大の筋腫が2個と小さな筋腫が5個
腹部MRIで確認ずみでしたが、多発性ということでした。
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その夜は、ひたすら痛みに耐えるだけでした。
看護婦さんはマメに様子を見に来て下さり、そのたびに痛み止めを使用。
すっかり麻酔が覚めてから、痛み止めについて質問 (事前にあんなにお話しする時間があったのに、真夜中に聞いてしまった ^^;)
私の認識では、手術に痛みはつきもの。多少は我慢して安静にしているものだと思っていたのですが、それは昔の考え方だそうです。
今は積極的に(というか徹底的に!)痛み止めを使い、なるべく早く体を動かすのだそうです。
そうすることで快復が早いとか。
それならばと、看護婦さんに勧められるままに痛み止め(筋肉注射→座薬→筋肉注射)をしてもらい、うとうとして数時間毎に目覚めるたびにラクになっていた私。
Z、 術後1日目(3月25日)
一晩中、痛みと胸苦しさ(たぶん高血圧のせい)に耐えましたが、朝になる頃にはじっとしていると痛みは感じなくなりました。
看護婦さんに促され、よっこらしょっと起きあがるとトイレまでスタスタ歩けました。
背中には痛み止めの管(少しずつ流れている)がついたままですが、鼻の酸素チューブと導尿管ははずせました。
食事は重湯と澄まし汁と冷えた番茶。ずるっと飲んでおしまいです(笑)
さすがにまだ食欲はありませんでしたが、喉が乾いて乾いて…
水分の制限ナシが嬉しかったです。
点滴がついていてなにも出来ないのし、本を読む気にもならず、テレビも見たくないので、しかたなく寝てばかりいましたが、血圧が下がらなくてだいぶ看護婦さんを困惑させました。
持参した常用薬ではだめで、病院から違う薬を。それでも駄目で点滴に降圧剤を入れてくれましたが、計測値は乱高下の繰り返し。
自覚症状が全くないのですが、それがかえって怖いことなのだと言われて、あたらめて高血圧を実感しました。
[、 術後2日目(3月26日)
ベットでごろごろし、点滴。
食事も自分で取りにいけるようになり、食欲も出てきましたが3分粥と澄まし汁と冷たい番茶(笑)
午後には看護婦さんが髪を洗ってくれました。
この頃から喉の違和感を感じ、少しですが咳が出るようになりました(その時は傷が痛い)。
手術の時の気管内挿管のせいでしょうね。普段から喉がウィークポイントの私は慣れているので気にしないようにしていました。
\、 術後3日目(3月27日)
先生の回診があり傷の消毒のあと、傷を覆っていたテープを張り替え、シャワーが許可されたので嬉しくて早速浴室へ。
鏡に映る大きな傷跡をしげしげと眺めました。
点滴は小さくなり抗生剤のみ。30分×2回程度になったのでつけっぱなしだった点滴用の針も抜けました。
おならも排便もあり、食欲もあったのですがまだ5分粥(笑) お豆腐や炒り卵など少しはおかずがつきましたが、正直言って空腹を感じました。
]、 術後4日〜7日目
やっと普通食になりました。
大きな総合病院なので、院内にコーヒーショップもレストランもあります。
食事の制限が無くなったので、看護婦さんにことわってから珈琲を飲みに一階まで。
いやぁ〜っ☆美味しかったです(笑)
その後、退院するまで日課になりました。
抗生剤の点滴もなくなり、毎日何もする事がありません。
こんな時こそと、持ち込んだ本を読書三昧。
田辺聖子の「源氏語り1,2,3」、夏樹静子「クロイッツェル ソナタ」「白愁のとき」「ディアルライフ」、 それに爆笑問題。
読み尽くした頃にお見舞いに来てくれた友人が差し入れてくれた「蹴りたい背中」
そして入院中でなければ読まなかっただろうなと確信を持って言える「日本小国民文庫 世界名作選」と「北海道の童話」
昭和初期に発刊(1998年復刊)された「世界名作選」は、大人の鑑賞に堪える格調高い内容でした。
児童文学って最近はあまり聞きませんよね。
小学生の頃は図書室で本を借りるのが楽しみだった私。「キュリー夫人伝」とか「ヘレンケラー」は好きだったわ。
読書の楽しみ、今時のお子さまにも知ってほしい…
11、 病院での食事
病院での普通食はいわゆる「一汁三菜」でした。
意外に美味いし、温かい状態で食べられるよう努力しているのがよく分かったので、ありがたさもひとしおでした。
でもメニューがあまりにも古典的というか…
野菜の煮物、炒め物、サラダ、ゆでたモノが中心で、それに多少の魚(煮たり、焼いたり、たまには揚げたり)が加わります。
貧しく育った私には昔から慣れたメニューなのですが、あまりに今時のメニューとはかけ離れていて、これなら若い人や子供はほとんど食べ残すじゃないかな…
とりわけ少なかったのはお肉。
2週間の入院生活で食べた肉類は、筑前煮に入っていた鶏肉2切れと、ハムとウインナソーセージだけだったと思う。
それと、食事には甘味が無く(当たり前か)、たまに添えられるイチゴや洋なしのゼリーなどは美味しかったですね〜。でも、これも本当にたまぁーにでした(^^;
人間にとって、お肉や油、甘味などは不必要なモノなのでしょうか????
テレビ三昧の入院生活なので、食べ物のCMを見ると食欲をそそられました(笑)
特にケンタッキーフライドチキンのCMは辛かった(--;
4月4日に退院して、その日の昼食に買ってきてもらいました。美味しかったです。はい。
ただ、若いときから20年以上食べてきたフライドチキンなのに、その時初めて「しょっぱい!」と感じました。
味覚って短期間で変化するのですね。(でも、退院したらすぐに以前の味に戻ってしまいました ^^;)
12、 癌…
入院した婦人科病棟は産科とはナースセンターを挟んで区別されていました。
婦人科に入院していたのは圧倒的に癌の方が多かったです。
朝夕のご挨拶などを交わすようになると、気軽に入院した理由を聞かれます。
で、当然こちらからもお聞きすると明るい口調で癌だとお返事が…。
正直言って驚きます。次の言葉を失うのは私だけ?
でも皆さん、「婦人科の癌は治るから」ということと、「抗ガン剤治療の苦しさ」をお話しされていました。
私はそれまで「もしかしたら癌かも?」などと考えたことは一度もありませんでした。
(もちろん摘出した筋腫は組織検査されました)
日本人はだいたい3割くらいの方は癌で無くなるそうですが、私の家族や親戚で癌で亡くなったかたって少ないのです。
慣れるまでは病気については話題にしない方がいいのかとも思いましたが、意外と「癌について話したい」と希望しているらしいとわかりました。
確かにかつてのような「不治の病」でもないし、多少の苦しさや不安はおしゃべりで発散するのがいいのでしょうね。
13、 抜糸(といってもホッチキス状の針を抜く)
おへその下から10数aの創は縫われた上に、しっかりテープを貼られていましたが、術後一週間(3月31日)に抜かれました。
別に痛みもない処置でした。
退屈しきっていたし、快復も順調すぎるほどだったので、ドクターに少し早めに退院したいとお願いし、当初は4月7日だった退院予定を3日早めることに。
退院に向け採尿や採血、そして退院時検査(4月2日)などがありました。
14、 4月4日退院しました。
15、 入院費用
ちょうど2週間の入院でかかった費用は22万円弱でした(私は健保3割負担です)
ふた月にまたがっているので、高額医療費として還付されるのは8万円くらいだと思います。
医療保険は帯広市民生協の「女性保険」に入っているので、日額8000円+手術給付金(たぶん12万円)が支給される予定です。
いつ加入したのか記憶がないほど昔に入った保険なのですが、今回初めて申請をします。
とりあえず支払った医療費くらいは支給されるのでひと安心。
病気の時にお金の心配をしなければいけないと辛いので、そんな事態に慌てないためにも、少しだけでも保険は入っておくと自分が助かりますね。
16、退院後検診
4月20日に退院後検診。
ボヤいても仕方がないけど、また検診です… (-.-メ
もちろん順調なので、それまでは駄目だったお風呂(湯船に浸かる)もOK。
一応は家で安静を続けていた私ですが、運動をしないので肩こりが辛くなっていたので、運動(エアロビ、水中ウォーク、ストレッチなど)はどうかとおそるおそるお伺いしました。
さすがに腹筋などの筋トレなどはまずいかと思いましたが、意外にも、なんの運動をしても構わないと言われました。
傷はかさぶたも無くなりましたが、縦にくっきり走っていて、そこを中心にお腹が割れていて2段腹ならぬ2列腹(笑)
頑張って腹筋しなきゃ。
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