大地の学校 農村留学第4期生 終了作文集
| なつこ | 小学3年 | ♀ | 大阪市阿倍野区 |
| ゆうた | 小学4年 | ♂ | 大阪市中央区 |
| たくみ | 小学4年 | ♂ | 大阪府寝屋川市 |
| ゆうき | 小学4年 | ♂ | 名古屋市南区 |
| ゆ き | 小学4年 | ♀ | 名古屋市南区 |
| あ や | 小学5年 | ♀ | 大阪市西区 |
| あやか | 小学5年 | ♀ | 大阪府八尾市 |
| はっぴー | 小学6年 | ♀ | 奈良県香芝市 |
| ひろか | 小学6年 | ♀ | 大阪府河内長野市 |
| てつや | 中学1年 | ♂ | 大阪市西区 |
| そうちん | 中学2年 | ♂ | 大阪府八尾市 |
| あっちくん | 実習留学 | ♂ | 大阪市住吉区 |
一年間をふり返って 小学3年 なつこ
はじめて北海道に来て、(わー、雪がたくさんあるー)と思いました。それから、少したって仕事が出来て、みんなだんだん友達になってきて、サンポもつくようになってきました。初めの方はサンポがべつにいやじゃなかったけど、すぐにいやになりました。休みの日は、仕事で、フンまきやきゅうまの子守りとかでした。フンをバケツにいれて持っていって、前の牧草地にすてました。すごくおもくてたいへんで、フォークでつきさして手がだるくて、ういびもいたくなりました。
じょう馬は、ひとみさんのところにいってサラブレットのプリンにのっておしえてもらいました。けっこうむずかしくて、おちそうになったり、おちたり、いきなりはやあるきしてこわかったけれど、やっぱり少しなれたらおもしろくなって、じょう馬をいっぱいしたいなあと思いました。
そのうち夏になって、あつくなって、夏休みには、短気生が来て、海、山、川キャンプにいきました。海では、もぐったら本州の海とはちがって、足がとどくところに魚がいっぱい見えた。つかみたかったけど、つかめなくてサイアクだった。けど、短期生ともなかよくなれたし、ばんごはんはおいしいカレーがあって、食べおわったらみんなで海そうをとってきて食べました。おいしくって取りまくりでした。ねる時にはこわい話をしてねました。私のねぞうはすごくて、よこにねた人はひさんでした。
朝は少しはやくおきて、ブランコで何mとべるかきそっていました。私はそんなにとべなかったけど、自分ではすごいと思いました。あさごはんはカレーパン!カレーよりおいしくて、5まいぐらい食べました。
およぐのはさむくて、あったまったり、すなあそびばっかりしていたけれど、ちょっとおよいでみたらあったかくなることが分かったので、ときどきおよぎました。それに、あやかや有紀といっしょに、走ってほかのすべりだいやとびこむところところに行きました。飛び込むのは怖いような気がしたけれど、1度やったら楽しくて、いっぱいやりました。
昼ごはんもカレーで、(なんかちがう物たべたいなあ)と思いました。でも、おなかがすくのでいっぱいたべました。
その日は、おやつがあったのでみんなちょうだい、ちょうだい、と言っておやつにたかりました。午後からもおよいで、夜のばんごはんには、なんと!タコが丸ごときた!みんなでタコを食べた。きらいと言う人もいたけど、私はおいしくって一生けんめいかじりながら食べました。帰る時はすごくよいました。
秋には、楽しみだったのうえんがありました。たねをまく時は、(いっぱいなるように気をつけてまこう。)と思いました。それで、毎日毎日水をやって、まだめがでないかなあと言っていました。でも、そのうちにめがでてきて、(やったー、はやく実がついてくれー、はやくたべたーい)
だいぶまって、はつかだいこん、ホーレン草ができた時、はつかだいこんをないしょで1,2本たべました。からいのは、ピリピリしておいしかったし、あまいのは、おかしみたいなあじがほんのほんのちょっとして、おいしかったです。
トウモロコシのしゅうかくはだいぶおそくて、毎日見たかったけれど、サンポがたくさんついた時は見られなくて、とくに雨の日はトウモロコシがたおれたり、くさったりしていないか心ぱいでした。でも、次の晴れた日に見ると元気だったのであんしんしました。
そのうちに少しみができたり、大きくなってたかくなったのができました。私はハコぐらいできていたので、はやくみのってほしかったです。ところが、台風で八本あったのに、五本も倒れて三本になりました。けれどうんよく、大きいのだけのこってくれて、もってかえって、ちょうど私がもって帰ってきたのが当たってすごくよろこびました。
スーパーでうっているやつみたいににがくなくて、あまーくてとてもおいしかったです。またはやく食べたーいと思いました。
冬になったら、スケートやスキーが始まるのでスケートのくつをはく練習をしました。 5分ではくのはたいへんだったけど、スケートがはじまったらはくのだけはなれてきました。はじめはめちゃくちゃ下手くそだったけれど、少年団がはじまってからは体重いどうやひきつけやコーナーも少しずつできるようになってきました。うれしかったです。
それに、きろくかいとかもあっていいきろくが出なかった時もあったけれど、ほとんどいいきろくが出たのでよかったです。みんなの大会を見に行って、みんなはやいなーと思ったりして、1年生ぐらいのはやさにはなりたいなあと思いました。
けれど、町みん大会が近ずいてきたらすごくなってきました。大会では500mが1位でけっ勝に出ました。けっ勝では、友だちになった人に聞いたら全員めちゃはやいと言っていたので、(きゃー!たすけてー!)と思いました。でも、がんばって前の人についていこうと思って、1人にぬかされたけど4位になれて、表しょうじょうがもあえてとってもうれしかったです。タイムも今までのタイムよりサイコーのタイムが出てすっごくうれしかったです。
スキーでは、まだあまり行ってないけど、パラレルがあと体じゅうを前にかけたらできるのでがんばっています。
いやな思い出もあったけれど、いい思い出もいっぱいあったのでよかったです。
一年間をふり返って 小学4年 ゆうた
この大地の学校に、留学してきて、いろんな思い出がのこりました。
ここに来た、きっかけは、お母さんに、いきなり、よびだされ、新聞を見せられました。すると大地の学校の事がのっていました。そして、面せつ会や、説明会があるので行ってみようと思い、笹岡一家で、北海道へ、出発しました。そのころは、ニ期生でした。笹岡兄弟は、三期に入る予定でした。その生活を見て、楽しそうだったので、入ろうと思いました。そして、電話がかかって来て、兄だけが行ける事になりました。大地の学校はいけるんだけど、北門小学校が、人数のかんけいで、ぼくは、行けませんでした。そして、兄の生活ぶりなどを、運動会、学芸会、スケート大会などで見学しましたそして、三期の終わりごろ、ぼくが、かくじつに四期生に入る事が、電話で知らされた時、かなり、喜びました。そしていよいよ、四月四日。ぼくは金ぱつメッシュを入れて、関西国際空港をたちました。
ついて、自己しょうかいをして、自分のつなぎ(作業よう)をえらんで、仕事などを二期生の草吾君と、三期生の哲也君に教えてもらいました。
春。自分たちの仕事もきまって、休みの日も牧草地に、ひりょうをまいたりして、学校生活もなれて、来て、友達もたく山できました。
夏になると、短期生も来て、キャンプ、乗馬、草取りなどをしました。一番初めにしたのが、乗馬です。”ランタンステーブル"と言う所でやった。最初はかなりこわくて、ビクビクしていました。夏は、四つの大会があった。陸上大会、すもう大会、マラソン大会、水泳大会があった。すもう大会は、最下位。陸上大会は、百メートル走もべっただったけど、走りはばとびは、三位でした。マラソン大会は、銀メダル。水泳大会はなんと全しゅもく一位でした。そして、短期生もやって来て、海、湖、山キャンプをした。とくに、海キャンプで、カラスに、ふりかけをあらされて、ボールが海に流されたりしました。山キャンプは、一番こわかった。山の中をたんけんしていると、急に明水が、
「くま〜〜。」
とさけんで、走って来ました。そしたら、おそろしいくまの鳴き声がして、みんなで、引きかえしました。
あっとゆうまに、秋になってしまいました。そして、学芸会が終わって、親子でそばづくりをした。円すいけいにするところがけっこうむずかしかった。その後、かんのおん泉へ行って一枚の写真をとりました。それは、匠の父ちゃん、達央、匠、侑希の弟、侑希、ぼくのおけつの写真をとりました。そして、クリくまのすけと言うポニーが来ました。ぼくは、はじめてみたのでぼくは、(ポニーってこんなんなんだ〜)と思いました。そして、山ぶどうとりもあった。みんな、けいトラックのうしろにのりこんで出発!!みんな、さっそく木にのぼりはじめた。そして、ジャムや、ジュースを、つくって、食べたりのんだりしました。
冬。スケートとスキーのシーズン。トップバッターは、スケート。ぼくは、ここに来たスポーツがやっとできた。あっとゆうまに、こつをつかんでしまって、ふつうの滑りは、できるようになった。かなり大変だったのが、コーナーワーク。アウトエッヂから入れるのが、かんなりこわくて、どうしようもできなかったけど、じきに、アウトからいれれるようになって、リレーのせんしゅになって、かなり、練習も、ナイターや、休みの日もずっと練習でハードでした。そして、町民大会ではなんと、五十九秒というすごいタイムを出しました。しかもワンピーで。そして、けっしょうでは二分三秒を出しました。そして。そう合のけっか、上位入賞して、そう合4位に入りました。リレーのほうでは、四位ぐらいに入りました。そして、その後もきびしいきびしい、練習をして、少年団こうかん会の日が近づいて来ました。メンバーは町民大会とほとんど同じで、剣斗君と拓がいれかわっただけでした。そして、当日は、町民大会の時よりか、すごくドキドキしました。五百は、おしくも、五十九秒○三で、五十八秒には、とどかなかった。千メートルは、町民大会の時より五百も遅くなた。リレーでは、ぼくは、一番最初だったので、六百を滑った。そして、けっかは、そう合のけっかは一つおちて、五位、リレーも五位でした。そして、やっとスケートが終わって、今度は、スキー!毎週木よう日は、ナイター、そして休みの日はスキー、そして、スキ学習は三回もある。ぼくは、一回もやった事がないので、(早くうまくなりたいな〜)と思っていました。じきに、足も少しずつとじれるようになってあともう少しでパラレル〜。
まぁーこの大地の学校に来て、大阪では、たいけんできないことや、いろんな思い出がいっぱい残ったので、ここに来たかいがあったなぁ〜と思いました。
一年間をふり返って 小学4年 たくみ
始め、ここにくる前は、ぼくはスキーにいきたかったので、ここでスキーをやりにきました。
だけど、スケートとか、仕事がとてもいやです。それでも、いつよがんばりました。
それで、春は、じょうばでした。
ぼくは、さいしょ、じょうばはとかでやっておもしろかったので、ぼくは、とてもたのしみにしていました。
だけど、じょうばをおしえてくれるところにいくと、(ランタンステーブル)サラブレットにのってやってみると、ぜんぜんおもしろくなかったので、ぼくは、
「ぼく、ぜったいじょうばきらいやあ、それやし、おしりのかわむけるから、ぜったいにいややわあ。」
といいました。 だから、もうじょうばはいやです。
春が、おわって夏になりました。
そして、短期生が来て、海キャンプにいきました。(三セットビーチ)
それで、ぼくたちは、坂本ひであき君、山崎ようへい君と、サッカーとかしてあそびました。
そして、ねるのにテントをはりました。
ぼくのところのテントはとてもでかかったです。
それに、ドアもついていたし、にもつをおくとこもありました。
それで、ねるときは、かいちゅうでんとうをうえに、ぶらさげただけで、とても、あかるかったです。
そして、ぼくといっしょにねたのは、てつや君と、ゆきのおにいちゃん、(こうじ君)ようへい君です。
それに、山キャンプや、川キャンプ、ナイタこうげんで、アイスクリームをたべました。
とても、夏は、たのしかった。
あきは、やさいのしゅうかくをしました。
トマトや、はつかだいこん、だいこん、にんじんなどなど、をとりました。
そして、よるごはんに、トマトや、はつかだいこん、だいこん、にんじんなどなどを、とりたてのままたべました。
それが、またおいしくて、ぼくは、つい、しょくじをたべているとき、ちいさなこえで、
「うまいなあ、やっぱり、とりたてはちがうなあ。」
といいました。
ぼくは、お父さ、お母さん、ともだちにたべさせたいなあと、思いました。
だけど、いやなことが一つ、それは、みんながきらいな、草ぬきです。
それなので、昼の仕事で、森田さんが、
「今日は、草ぬきだよ。」
といっていました。
そして、みんなは、いややなあと、思っていました。
そのうちに、冬になって、スピードスケートがはじまった、スケートは、スキーよりながくやっていました。
それは、足がいたくなり、とても、きびしいスポーツです。
だからぼくは、スピードスケートいややなあと、思っています。
それで、大会はとてもきんちょうしました。
だけどそのチームで、二位になれたときはとてもうれしかったです。
そして、ほとんどの人がきらいなスピードスケートがおわりました。
それで、こんどは、はんたいで、ほとんどの人がすきな、スキーです。
ぼくは、心の中で、
「4きゅうはぜったいとりたいなあ、だってお父さんにかつには、4きゅうはとらないとかたれへんやろう。」
といいました。
ぜったい4きゅうはとりたいです。
それで、はる、なつ、あき、ふゆのなかで一番すきなことは、冬のスキーだった。
だけど、一番きらいなことは、サンポだあ。
あんまりつかなかったらいいけど、ずっとまえ、ボクのさいこう、百十一周で、もうさいやく、自ぜんたんけんクラブをいけなかったので、ぼくは、
「ここに、サンポしにきたみたいやあ、こないほうがよかったかもしれへん。」
といいました。
それで、ほとんどの人がすきなスキーは、さいしょは、うまかったのは、なつこ一番で、二番があやでした。
だけど、いまは、一番があやのなりました。
それなので、ぼくは、すごいなあ、彩、今一番うまいやんと、思いました。
そして、あやをぼくは、ぜったいに、ぬきたいです。サンポもつかないで、びょうきもしないで、がんばりたいと、思いました。
これからも、スキーをがんばりたいです。
一年間をふり返って 小学4年 ゆうき
大地の学校に、行く前は、わくわくどきどきしていました。
そして、はじめて、来たのは、めんせつの時に、来て、おもったことは、散歩が、かなり、おもしろそうでした。みんな、めんせつに、来た人、ほとんどは、散歩をしていたのに、ぼくだけ、やらせてもらえないと思ったので、ぼくは、「犬の心もわからずに。」
と何回も、言ってごまかしました。
そして、家に、帰って、弟のよしつぐに、大地の学校のことをおしえてあげました。
そして、大地の学校に、来て、はじめに、自己しょうかいを、しました。こんなことをやったのは、はじめてだったので、かなり、きんちょうして、しゃべることをわすれたりしました。
そして、ぼくと、はじめて、友達に、なったのは、匠でした。さいしょは、木のところに、ある、にわとり小屋のところで、あそんでいたら、セメントが、あって、くつのうらについて、泣いたふりをしたら匠に、
「うそ泣きやろ。」
と言いました。ちょっとだけ、はん泣きだった。そして、はじめての、仕事の時に、まよったり、こまったりしました。ぼくは、はゆといっしょの、ぺーアーで、水とはいごうをあげる仕事に、なりました。さいしょは、はいごうと、水を、はゆと、1日ごとに、こうたいしていきました。でも、あまりにも、水の仕事が、おそかったので、はゆに、
「侑希、水おそいから、はいごうやって。」
と言われました。ぼくは、心の中で、やった〜、おそい仕事から、にげれるーと思いました。そして。その日から、かんたんな、はいごうに、なりました。ぼくは、本当に、よかったーと心の中で、言いました。
そして、夏休みに、なって、たんきがはじまりました。そこで、であった人は、坂本ひろあきや、有紀の兄のこうじくんや、やまさきようへいのなかで、一番おもしろくて、一番仲良しになったのは、さかもとひろあきくんです。いつ仲良しに、なったかとゆうと、自己しょうかいをやったときに、ひろあきと言っていたので、ぼくが
「ねーねー、君のニックネームは、ひでちょ、ね。」
と言ったら、ひろあきくんが、うんとうなずきました。それから、仲よしに、なりました。
そして、夏のキャンプで、サンセットビーチに、行きました。素の時に、朝は、ぶらんこで、じゃんぷとかやって、昼には、海で遊んだり、夜には、ながたまさゆきくんのほんとうに、あったこわいおはなしをきいてかなりこわくなりました。そして、ひろあきくんと、さいごに、遊んだのは、湖キャンプでした。さいごにキックベースをやってあそびました。さいごだったので、おもいっきしやりました。そして、ひろあきだちが、かえるときに、はん泣きになりました。とってもかなしかったです。
そして、秋になったら、乗馬をかっぱつに、やったりしました。秋のはじめごろ、なんかトラックが、来て、牛かな〜と思ったら、乗馬ようの、ポニーが、いて、そうごや、てつやに、ひっぱてもらって、やったら、かなり、たのしかったです。そして、さいしょは、はしるのが、こわくて、ぼっちゃんに、
「がまんしてみ、かなりおもろいで。」
といわていました。さいしょは、できなくて、はやあるきだったけど、やってみたら、かなりおもしろかったです、それから、早くしたりしました。
そして、学芸会の日になって、お母さんに、げきを見てもらったり、弟と遊びました。お母さんの、げきもみれて、とっても、この日は、楽しかったです。そのあとの日は、そばづくりをしました。とっても、楽しかったです。さいごの日は、クリの乗馬を見せました。ぼくは
「おちるかもしれへん。」
としんぱいしていました。でも、せいこうしたので、ほっとしました。
そして、お母さんが、かえったら、なんかさみしいような、さみしくないようなきがしました。
そして、冬に、なって雪が降って、スケートが、はじまりました。さいしょは、はやくスベリたいスベリたいと思っていたけど、あとほうで、はやくおわれーと思っていました。
その後は、たのしいスキーが、はじまりました。スキー学習の一回目、朝、風が、強くて、男子のへ屋では、
「スキー学習いけへんかもしれへんなー」
とそうだんしていました。
そして、外仕事の、おわりごろ、風が、やんで、
「やった〜、スキー学習に、行ける〜。」
と言いました。そして、学校に行くときに、スキー板がおもくて、かなりつかれました。
そして、スキー学習は、楽しかったけど、次の日は、ふらふらして、水をのみに行ったら、たおれそうで、こわかったです。
そして、日曜日は、スケートがおわったから、バイキングに行きました。かなり、たべました。とくに、ぎゅうたんをたべました。かなりおいしかったです。また、バイキングに行きたいです。
これから、スキーも、大変に、なって行くので、がんばりたいと思いました。
一年間をふり返って 小学5年 あ や
『大地の学校』にくるきっかけとなったのは、お父さんが新聞をよんでいた、ある朝のことでした。その日は、日曜日で、のんびりしていたら、お父さんが、「・・・朱加、みて見。」といったので、なになに?と、私は、お父さんのすわっているいすへかけよりました。そして、お父さんの、指さす方をみてみると、まずはじめに、『大地の学校』というのがめにはいりました。そして、その次に、『北海道の、大地でまなぶこどもたち』というのがめにつき、お父さんは、私に、「朱加行ってみるか?」といわれて、私は、なぜか、「行く!!」と、答えを、すぐにだしました。すると、お父さんは、ちょっと無言で、5秒ぐらいたって、「じゃあ、めんせついってみるか??」と、父はいい、私は、「うん。いくいく。」と、なぜか、何も考えずに、言ってしまいました。
そして、めんせつにいくと、ビデオと、パンフレットがあり、それを、じっくりみながら、森田さんの、おはなしをききました。私は、「・・・。大地の学校って、けっこう、取材とかきているんだ〜。へえ〜。やまぶどうとかもとりにいくのか。」と、少し、行くのが、楽しみになりました。
そして、4月4日なんだか、車に乗っている時に、私は、(いまごろになってなんやけど、家族とはなれるというのは、けっこうつらいことだよね〜。それに、学校の友達や、大地の学校にくる、留学生の子たちと、仲良くなれないかもしれないな〜。それどころか、生活になれなくて、いやになってくるかもしれないし、4月4日て、めっちゃえんぎわるいし、どうしようってどうもならへんけどどうしよ〜(汗))と、いまごろになって、ドキドキそあそわしていました。とくに、お父さんと妹とも、家でお別れするときも、お母さんよ、お別れするときも、だんだんかなしくなてきました。
そして、大地の学校の、生活も、今日から、スタートです!!はじめは、多くてびっくりした、洗濯物の仕事も、やっていくうちに、だんだんなれてきました。でも!!4月は、まだ始めはので、みんなの、名前をおぼえるのが、とっても、たーーいへんでした。でも、『彩香』は、すぐにおぼえられました。だって、『あやか』と、漢字はちがうけど、呼び方は、私といっしょなので、すぐにおぼえられました。しまいには、「あやー。」とか、「はゆー。」などなど、みんなの名前も、よびすてでいうようになりました。今では、なんで、こんなに親しい仲間たちのことが、はじめは、ぎこちなかったのかなー??と、不思議になっています。でも、初めはやっぱり、ひっこみじあんな子もいれば、目立ちたがりやな子もいて、(あいつうるさいなー。)とか、いやなこともありました。
そして、いよいよ、乗馬が始まって、『ランタンステーブル』というところの、人見さんという、馬のことも、教えてくれる」先生におしえてもらって、初めて出会った馬は、『プリン』という、メスの馬でした。私は、「どうして、プリンというのですか?」と人見さんにきくと、おなかとかが、全体的にデブだし、プリンプリンしているからだといっていました。そして、馬にのるというのは、とてもこわいことだけれど、やってみるのは、1つのチャレンジだから、がんばってみようとおもって、やってみました。でも、はじめは、やっぱり馬からおちてしまいました。私は、(こわ〜。やっだ。めっちゃびっくりした〜。)と、心臓が、ドキドキしていました。
春は、たのしかったり、いやだったりしたな〜。とじっかんしています。
夏。夏は、1年間の中で、最も長くかんじました。まず、運動会や、キャンプや、短期生がきたこと・・・。などなど結構いろいろなことがあったりしました。
運動会には、おとうさんがきました。あの日は、暑い中、草ぬきをやっていました。そしたら、むこうから、バスがやってきました!!だれかが、「あ!きた!」といい、なかから、お父さんがでてきました!!私は、2ヶ月ぶりなのに、3週間まえぐらいにあったばかりみたいで、「へんだな〜。1ヶ月間がみじかくかんじる〜。」と、なんだか1ヶ月1ヶ月が、その時、短く思えました。
夏で、やっぱり1番楽しかった事と言えば、やっぱりキャンプ!!そのなかでも、『海キャンプ』へ行ったのが1番楽しかった!!サンセットビーチで、短期生の子たちと、いっしょに、テントをはったり、いっしょに、ビーチボールであそんだことや、かき氷をたべたことなど、とってーーーーーもたんのしかったっす!!とくに!!そのなかでも、(うふふ)夜、ワカメや、コンブをとってきて、やいてたべて、あとで、かんばんのほうをみて、『ワカメやコンブなど、とって、食べないでください。』と、かいてあって、びっくりしたことや、うみがらすを、色々な色のをあつめて、とっても楽しかった事が1番の思い出です、あと、短期生の子で、みゆちゃんと、彩ちゃんという子もとも、友達になりました。
秋。やまぶどうにいったり、ウォークラリーで、12kmを、あるいたことがおもいでです。ウォークラリーは、地図をみて、その道どうりにいって、チェックポイントや、なにかをみて、質問にこたえたり、12kmとは、はじめは、聴いて、そんなにあるくの!?と、びっくりしたけど、あっというまで、結構楽しかったです。やまぶどうとりのことは、あの日は、つなぎと、ビニール袋をもって、車にのり、そこらの木にのぼって、やまぶどうをとりにいきました。でも、今年の収入は、すくなかったので、少しの、ジュースと、少しの、ジャムじかできなかったので、すこしざんねんでした。
冬。冬の行事は、スケート・スキー・自然体験クラブなどをがんばりました。スケートは、「スケートシーズンがおわって」にかいてあるとおりに、いやだったり、つらかったり、ドキドキしたり、うれしかったり・・・。色々なことがあったけど、けっきょくは、短いスケートシーズンでした。自然体験クラブには、かまくら作りと、歩くスキーをしました。かまくら作りは、女子チームの、朱加と、生悠と、ぼっちゃんと、有紀と、夏子と、絵理奈ちゃんと、彩香で、つくって、男子チームは、ゆうたと、侑希と、匠と、哲也と、達夫でつくりました。女子チームのかまくらが、おおきくつくりすぎてしまって、先生は、こまって、「こんなに大きくしなくてよかったのに・・・。」と、手伝ってくれました。そして、やっと大きさがなって、あなをほることになりました。私は、鎌倉を作るのは、はじめてだったので、あなをほるのは、楽しみにしていいたので、いっしょうけんめいほるのは、とてもいいけいけんになりました。1人分か、2人分ねれるおおきさにほれたときには、あたたたかったので、私は、「かまくらって、いがいにあったかいもんやなー。」と、とても、感心しました。歩くスキーは、はじめきいて、よくわかんなかったんだけど、かかとがつかなくなっているだけで、(こんなのもあるんだ〜。しらなかった〜。)と感心した。やってみると、ほんとうに歩いているみたいで、どういうしくみになっているのかな??と思って、きいてみると、両はしに、ワックスがぬっていて、それで、わざと、真ん中のほんだけに、ワックスがぬってなくて、さきのほうですべって、そして、またとまってけれるというふうになっているそうで、私は、(こんなしくみになっているんだ〜。)と、これも感心した。
そして、スキーだ。はじめて、ぬかびらスキー場にいったのは、冬休みの、ちょっと前の事だ。今年は、カービングの、上等なスキー板で、「やった!!かっこいいし、うれしい!」と、とてもよろこびました。初めは、リフトからじゃなくって、前で、Vの字でのぼって、おおまわりをして、午後からやっと、リフトにのれました。初めは、初級コースさえ、「これが初級!?うそでしょ!?」と、まじでびびったけど、1回すべると、もうなれて、何回もやるようになりました。3回目となると、第三リフトにのって、パノルマコースにのりました。そして、とくにナイタースキーに始めていった時の事が、最も頭の中で、おぼえています。ナイターは、寒いし、つらいし、ただ、「はい。滑りましょう。」といわれてすべるだけで、なにのおしえてくれないので、1番いやだと思いました。でも、この前のナイタースキーは、中村先生という人におしえてもらって、その時は、ちゃんとおしえてもらえて、とってもたのしくて、やっていてよかったなー。と、実感しました。スキーは、これからも、たくさんあるので、頑張っていきたいと思いました。あと、1ヶ月間。がんばっていきたいです。
一年間をふり返って 小学5年 あやか
私は4月4日に、関西国察空港から、北海道へ来ました。最初のころは(とうとう来てしまったー)などとビクビクしていました。
その日から私たちの農村留学生活が始まりました。森田家へ初め入ったとき、見るものすべてが初めてで、散歩のことなどもぜんぜん知らなくて、どうすればいいのか分からなくて、毎日が心配で、いつもねるときとかも半泣きになったりして(家にかえりたいよー。)と思っていました。
でも、だんだん日がたっていくにつれて、動物達とかふれ合っていくうちに、たのしいこととかたくさんあって、乗馬も始まって、馬とかに乗っていて、ちょっとこわかった事もあったけれど、人見さんなどにきびしいとっくんをされ、6月には早足ができるようになって、そのときのうれしさが今でも覚えているくらいです。うらの牧草地で馬をじょうずにあやつれるようになって、かけ足でさか道を走ったりできるようになりました。
そのほか、夏のときに、短期生といっしょに川や海にキャンプにいったときなどは、何こかのグループに分かれて、それぞれのテントをみんなで協力してたてて、その後にごはんを゛はんごう゛で、石をくみたてて、木をつるして、そこにとおして、下で火をたいて作りました。私のグループはいちばん早くできたのでおやつを多くもらえました。そのとき私のグループの人は、みんな大よろこびしていました。私ももちろんみんなといっしょによろこんでいました。
それから2日目に、羽ぼろの海へ行きました。いくら夏だといっても北海道なので本州で泳いでいたのとはまたちがいました。1日目は高学年の4人でカレーを作ったので海では泳ぎませんでした。
その夜みんなと自分たちでたてたテントでねました。そして次の日の朝に起きてカレーをパンにつけて食べました。そのときの朝食はいつもよりおいしく感じました。その後に水着に着がえて、海の方に走っていきました。みんな海水が足にあたったとたん
「ひえー、つめたーい」
といって、ひめいをあげていました。わたしもそのとき同じくらいつめたかったです。でも、夏子がザブザブと中へ入っていったのですごいなーと感心していました。
それから少したってからは、みんなで台の上からとびおりたり、ゲームで勝ったチームはかき氷を食べたりして、とてもたのしいことがかくさんありました。
それと秋には乗馬で西出さんのところの畑で裏山をみながら馬を走らせていたら、きつねが山の方から出てきて前を横ぎってこちらをちらっとふりむきました。わたしは馬を走らせておっかけました。きつねはおどろいてすごいスピードで、走ってにげました。わたしは、「あんなに早く走れるなんて、きつねってとても走るのがとくいなんだなー。」
とそのきつねがとても気に入ってよけいおいかけました。きつねは死ぬきで走っているみたいで、かわいそうになってきたので、おいかけるのをやめて練習にせんねんしました。わたしは、そんなにもきつねが人をこわがるのがよく分かりませんでした。でもそのときのことは、けっこうな思い出になって、今でもそのきつねの顔を覚えているくらいです。わたしの頭に一番やきついたのは、あの金色の目と、その中にある「ひとみ」でした。ダイヤモンドみたいに光って見えたのでドキッとしました。そういう動物にあえたのも北海道へ来たおかげでした。これは大阪にかえったら、友だちにじ満してやろうと思います。
それと後、もっともっと自満したいのは、スケートとスキーです。この北海道の十勝でしかできない天然のリンクでのスピードスケートはとくに上手になったので、一番やったかいがあったと思います。毎日朝に来てもうとっくんをしたり、お正月の休みのときでも1日だけスキーへいってあとはすべてスケートの練習でした。朝練はとくにきつくて、足の先や指がしばれて、もぎれそうになりました。由田なんか休けいの時間、ずっと泣いていて、とてもいたそうでした。わたしは、
「よっぽどいたいんだなぁ、かわいそー」
と、ぞ〜としてしまいました。そのほかに、コーナーの練習もけっこうたいへんでした。足をクロスさせることは、とてもむずかしくてなかなかできませんでした。でも体じゅうい動ができるようになって、左足に体じゅうをのせられるようになったので、足おくりも、アウトエッヂにのせられるころもできるようになりました。
それからスキーは、カービングのを買ってもらって、パラレルターンをできるようになって、とてもうれしくって、ますますスキーが楽しくなりました。3月に来るお父さんたちを、おどろかせようと思っています。
そういう体験をできたのも〈大地の学校〉があって、この北海道にこれて、都会ではできない、スキー、スケート、乗馬などのスポーツなどができたのもみんな森田さんのおかげだと思ます。わたしは、今年一年も残るつもりなので、がんばりたいです。そして、乗馬は馬をどんなときでもあつかえるようになって、スケートは今シーズンのタイムをぬきたいです。それとスキーは、パラレルターンで、しゃがみこんで、速くすべれるようになりたいです。このような目標をもって、これがたっせいできるように、たくさんの練習をしてがんばっていきたいです。
それともう一つ、大動物の世話もやりこなせるようになって、5期生の子にせんぱいらしいところを見せたいです。それに、動物のことをよく知って、将来にむけて勉強していきたいと思います。まぁとにかく、この一年間はとてもすばらしかったと思っています。
一年間をふり返って 小学6年 はっぴー
初めて乗った飛行機で、大地の学校を実際に見にきて以来二度目の飛行機。空港には前の時友達になった彩香や朱加がいた。知らない子達もいた。こいつらと一年間過ごすのかーという不安もあった。ここで、おじいちゃんおばあちゃん達とは1年間お別れだ。飛行機に乗り、なじみぶかい大阪・奈良とも一年間あえない。少しずつ北海道に向かってきた。
北海道は面接できた時とは違い、真っ白ではなかったが、やっぱりバスで道路を進んでいくと白い雪は所々見られた。大地の学校では元気のいい犬達が私達を迎えてくれた。
最初自分達の仕事の振り分けを見て、私が外の「水仕事」で「生活委員長」と言うことにちょっとびっくりと残念な気持ちがありました。だって私はずっと来るまでは、犬を飼いたいと思っていたので、犬の仕事がずっとしたかったんだ!!そして、私は、生活面の仕事が苦手だったんだ。電気はだいたいつけっぱなしだし、ほっとんどそうじとかやったことないし・・・。だから、動物委員長の方がやりたかったんだ。堕からすごく残念でした。
最初の日はやっぱりすごく淋しかった。でも朝早くおき、さんぽを自主的にやった。今思えば無駄なことだった。(^^”)
そして、だいたい毎日やる朝・夕の仕事が始まった。朝は、5時に起きて外の仕事をする。まだ外は暗かった。気温はマイナスの日が多かった。重たい水をいっしょうけんめい運んだもんだ。水バケ2分の1ぐらいしか入れていなくても大変だった。そしたらいつもまにか、たくさん入れた水を、2個も持っていけるようになったんだ!!そして、犬の仕事もいいけれど、水の仕事やりがえのある仕事だった。生活委員長も、動物委員長のひろかとは違いだいぶ楽な仕事だったんだろう・・・。私には、やっぱりこっちの仕事の方がむいていた。
学校にも通うようになり、忙しい毎日が続く。分刻みの時間でした。こんな時計ばっかりきにしているのは、買い物の時以外なかったようなきがします。時間どうりにやらないと、寝る時間が少なくなりしんどくなりそうでした。
学校の日はでもましだったかもしれません。休みの日は、ふんまきがあったり、乗馬があったり・・・。
ふんまきは、ふん山から、牧草地にばらまくのが大変です。持ち運びも大変な作業でした。
乗馬は、人見さんち「ランタンステーブル」に行き、初めて一人で馬に乗りました。馬の背中の上は、高くて、目線なども全然違い、すごく楽しかったですでも、一度馬から落ちてしまったので、その恐怖からちょっと馬に乗るのがこわくなりました。だから乗馬がある時は、あんまり楽しくなかったんだが、プリン(サラブレット)で駆け回るのはすごく楽しいです。乗る前の不安な気持ちをかき消すような、すごくいい気持ちになります。
夏休みには、短期生の子達が来ました。私の友達もきていて、すごく懐かしかったです。それからは、草抜き草刈りもあったけど、キャンプなどの楽しいこともできました。
海キャンプでは久しぶりの海を見ました。自分たちでテントを立てて、自分たちでおいしいごはんも作りました。(カレー地獄の日もつづきましたが・・・。^^”)
山キャンプ・湖キャンプなどすごく楽しいことばかりでした。大勢で生活するのは、一人っ子の私にとってはすごく楽しいことでした。
サンポのことを言うと、はっきり言っておもっきししんどかったです。犬をいちいちかえたりすることもあったし、サンポが多くて自由時間もなくなるし、高学年は低学年のチェックとかでよけいたくさんついて、高学年は低学年の仕事の変わりをしなきゃならなくて、時間がほしくてたまらなかった。奈良にいたころだって時間ないとか思っていたけど、パソコン・テレビ・まんがなどの時間を減らせば時間はたくさんできてくるのだ。
ここにくると、自分の仕事を責任持ってやらなきゃいけないし、物事を考えて行動しなきゃいけないし、寝るとき以外は、気が抜けないって感じだった。でも楽しいこともたくさんある。しんどいこと以上に楽しいことの大きさは大きい。だから1年間くいの残らないような生活ができたはずだ。
そして、北海道に来て最大の出来事。それは子牛の世話だった。最初きた「フォー」牛舎のすみにすわりこんだまま全然ミルクを飲まなくて心配した。げりをするたびに心配し、少し元気がないと心配した。でも順調に育っていった。でもそんなうれしいことだけではすまされなかった。2・3番目にきた「ミック」「ミルク」は死んでしまった。これも忘れられない思い出の一つ。名前を呼んでも出てこない。足が冷たくなり、目の輝きがきえ、ひっそりと静まりかえった牛舎にいた子牛。涙が出ずに入られなった。ずっと自分の子供のように育ててきたあいつらは私のたいせつな子牛だった。今、現在、フォーはもう、ミルクをあげなくてもいいような状態になりました。4番目にきた「ウィンター」もすごくひとなつっこく育っています。大地の学校に私達が来てからの間でも、たくさんの動物が死にました。でもそいつらはみんなの優しさにつつまれて死んだんだろうなー・・・。動物の身近な命を一生懸命育て上げ、大きくしていくのはなんかお母さんになった気分です。
さてさて、北海道でも雪が降り出しました。真っ白なさらさらなゆきでした。雪が降り始めると、スケートやスキーに熱が入ります。今年は、かなりスケートに熱が入り、2週間ほど練習をやらなかった私でも、最後の大会では69秒を出せることもできました。(^○^)
大会といえば、かなりたくさんの大会に出ました。奈良にいた時は、空手の大会ぐらいしかでたんことなかったんちゃうかなー?でもたった1年で、マラソン・ミニバレー・すもう・水泳・スケート・陸上など結構たくさんの大会に出ました。そして、賞状やメダルをもらった大会もありました。そんな子ともうれしかった思い出ですが、北海道で、たくさんの友達ができたのもすごくうれしかったです。北門の子達はもちろん他の学校のともだちも、一生に残る私のともだちです。
北海道の大自然の中で私達は1年を過ごしました。大自然の食べ物!アイヌネギ!すごーくおいしかった。醤油づけはサイコー!やまぶどう!すっぱいわりにままぁいける味だった。大自然のきびしい冬!おもっきし寒かった。スケートの時とかの手足の冷たさはたぶんもう一生味わえないだろう。
大勢で暮らすことから、いちいちムカツクこともありました。何でこんなやつおんねんやろう!!とかひどいこと行ってたけど、こんなに大勢やからあたりまえやねんなー。自分のことだけを考えているだけではもうどうしようもないもん。小学生だけじゃなく、森田家の小さな仲間たちともたくさん遊びました。1歳だった久真!最初きたころは、まだほとんどしゃべれなかったけど、少しずつしゃべれるようになって、いっぱいおしゃべりできるようになったね!久真の子守りをしている時は、自分まで小さいころに戻ったかのようになったね!保育所年長里水!一つも里水ワールドに入っていろんな話をしてくれたよね!4月からは私と一緒の1年生だ!今年小学校に入学した明水!学校の行き帰りの歩きはすごくしんどくて、泣いたりだだをこねたりたくさん私を困らしてくれた。でもずっと遊んだりしてすごく楽しかったな!なんか小さな子達もすごく面倒を見るのが楽しくなりました。
北海道はすごくいいところ。自然のど真ん中で暮らして土にまみれながら、たっくさんの体験をした。
お父さんが言っていた。
「お父さんも生悠のように行きたかった。でもなー。大人になったらな、行きたくてもいかれへんようになるんや!!だから小さいころにこういう体験ができて本当に良かったな。」
私もやっぱりそう思った。小さいころの体験はたぶんすごい思い出になるだろう。
一人で、パソコン・漫画・テレビなんかを見て、ずっとクラスのいいけど、いつかつまらんようになるやろう。大都会で暮らすより、私は自然の中で暮らしたかった。
大きくなったら、自然の中で暮らすような仕事をした。私の大好きなペンギンたちが自然の中で生きているようなところで私も生きていきたい。大地の学校で暮らした一年を大切に私の一生の思い出として残していきたい。
森田さんへ−一年間ありがとうございました。私が一番頭の中に残っている事は、ミックやミルクが死んだときです。よる8時。死んでしまった子牛の事を事務所に報告しに来るとき。泣いている涙をふきふきはいったものの、やっぱりとまんなくて、大声で泣いてしまいました。その時の大きな手で抱きしめてなぐさめてくれたあの温かさ、本当にうれしかったです。本当に一年間ありがとうございました。
久美さんへ−こんな大変な私たちのめんどうみてくださってありがとうございます。私は生活面の仕事が多かったのでいろいろと教えてもらう事はありました。
5月になったら4人目の赤ちゃんが産まれます!!大変だと思うけどがんばってください。そして、森田さんと仲良くしてくださいね!久美さんの笑い声を聞きにまた遊びにきます。その時はまた・・・。
明水へ−1ねんかんたのしかったね1いっしょにいろんな話をした登校中。泣き泣き行った学校の長い道のりを、今ではもう走ってまでいけるようになったね!4月からは2年生。5期生のおにいちゃんお姉ちゃんに迷惑かけない用にがんばって!マラソンなどの、明水の得意な事などもがんばって!
里水へ−里水ワールドに入っていった里水。わがままなようで、久真の泣いているときとかはあやすのが上手!来年からは1年生。長い道のりをがんばって歩いていってね!
久真へ−一人っ子の私は小さい子。それも赤ちゃんの子守りなんて始めてで、うまくみれなかったけど、一緒にそりで遊んだり、すごく楽しかったね!また私が北海道に遊びに来るときは、久真の成長した姿を見に来るぞ!
おばあちゃんへ−いっつもおいしい料理を作ってくれてありがとうございます。朝食ががりを何ヶ月かやってきたけど、あのおばあちゃんのおいしいみそ汁にはかないませんでした。
いつかまた、おいしい料理を教えてもらいに北海道にやってきますのでよろしくお願いします。
1年間ありがとうございました。
一年間をふり返って 小学6年 ひろか
私は、4月4日から、一年間の3月25日までこの北海道に留学生として、来ました。
初めは、キャンプや乗馬ばっかりなんだと思ってきてみると、『さんぽ』ときいたものがかなりきびしくて、生活面でもきびしくて、きてみて、本当に、楽しいことを、するには、やっぱりたいへんなことでもしないとできないと、いうことがわかりました。
「はあ〜、たいへんだな〜、家とはおおちがいだ。」と思いました。でも楽しいこともいっぱいありました。例えば,
春にした、乗馬、はじめは、『サラブレット類』のきれいな馬でした。初めは、こわくてこわくて、有紀も、乗馬で、こっせつしてししまいました。そして、こわくなりました。でもとちゅうで、『ポニー』のクリクマノスケといううまで、乗馬することになりました。みんなは、よろこんでいたけど、私は、もっといっぱい、乗馬をしたかったです。
夏では、乗馬はもちろん、みんなのまちにまったキャンプでした。初めは、海キャンプ、朝の仕事も、夕方の仕事せんでよかったし天国でした。遊ぶばっかりで、短期の人も、いて、なかよくなれたし、とってもたのしかったです。
でも、夏のしんどい、なんばあ〜1は、くさかりで、きょうふの、くさかりでした。
(あ〜あのとき、もういやや〜て、いって、帰りたいっていってたんや」
と思いました。でも今はもう、冬なんやとよく思いました。キャンプでつりもしました、私は、プールを、つくって、あそびばをつくったんやけど、そこにものすごいかずの、さかながいて、とってもびっくりして、一生けんめい、つくって、なんと、7〜9ひきぐらいつりました。
お〜すっげ〜、あのぷーるがやくにたったぞ〜。」と思いました。
秋では、山ぶどうがりをしました。今年は、みのりがとっても悪く、すこししかなく、山ぶどうは、少し、そのたの実は、とれませんでした、けど、木にのぼったりして、とっても楽しかったです。
「わぁ〜おれる、おれる、おちる〜)
と、思った時、ドサッと、おちて、しまいみんなは、ケイトラで、どっかいくし、もうさいあくでした。(でも、五人くらいで、いっぱいとるのもけっこういいな〜)
と思いました。いっぱ〜いとれたなあと、思っても今年は、とっても、少ないそうです。(もっと、ジャムや、ジュースを作ってみたかったな〜。ざんなん。)
と思いました。でもはつ体験の山ぶどうがりをした、とってもよかったです。
冬は、雪!大阪では、絶対と、いっていいほど、体験できない物です。
はじめてゆきのふってきたとき、みんな。
やったあーやったあー雪がふってきたぞ〜もっとふれー雪。」
と、言っていました。でも今になったら、仕事の時、づぼづぼ、はまって、じゃまだし、もうあきあきしてきたけど、ときどき、ふっと、外を見ると、キラキラ輝いていて、「きれいやな〜、木にくっついてスゴイ!」
と思いました。そして、自然たんけんクラブと、いうたんけんクラブで、留学生女子とえりなちゃんチームと、留学生男子としょうへい、たつおチームでわかれてしました。女子チームの、かまくらが、きれいで、とても大きく、かたちがととのっていて、とってもうれしかったです。1月〜2月にした、スケートでは、さいごの大会で、ころんでしまい!
「くっそ〜59秒本当は、だせるのに、みんなに早いって、しょうめいしたかったのに〜くやしか〜もう。」
と思いました。でも、悪いのは、自分のはとぎで、エッジがなかったのです。と〜て〜もくやしかったです。
「千メートルこそ、いいタイムを!」
と思いましたが、エッジのことに気づいてなく、本気が出せませんでした。
でも、はじめて、「スケートの「ワンピー」をきれたので、むっちゃくちゃうれしかったです。
スキーでは、はじめてやった時、ブイの字のぼりで、のぼって、むちゃむちゃたいへんで、つっこみそうになったこともあったけどいまになったら、上からスベッておりてくるようになりました。
「大地の学校で、新きろくをだしたい!」
と思いました。そのまえに、夏子と、彩をぬいて、ジュニアの、一級をとりたいです。
そのために、さんぽやケガをしないようにきおつけて、めざすジュニア1級をとりたいです
この一年間とっても楽しかったです。これからのこの北海道でのたいせつな、体験をいかしたいです、本当に、北海道にきて、よかったと思います。
一年間をふり返って 中学1年 てつや
この1年間、いろんな事がありました。
今年度、1番嬉しかった事は、スキーで2級を取れたことです。先シーズンにジュニアの2級を取った時からの夢でした。草吾に、「2級からが上級者やで」と言われてから、ずっと頑張って練習して、今シーズンの1月に、草吾と一緒に受けました。受けたのは、みんなで4人でした。そして、受かったのは、僕と草吾以外の2人でした。草吾はよかったけど、僕は全然点数が足りなくて、あきらめようかと思いました。その後、草吾はすぐに受かったけど、僕は2月のバレンタインデーと言う、月日がたった後に受けました。学校の友達と受けて、何とか2人とも受かりました。1級は受ける気はしないので、その後はずっとレースにはげむことにしました。板やストック、ウエア、ヘルメット、ワンピースなどなど、いろんな物を買ってもらって、今シーズンは満足しました。またいつか、1級を目指そうと思っています。
悲しかった事は、乗馬がへたくそだった事です。初めの悲劇は、有紀の骨を折ってしまった事です。人見さんに、「ちゃんと見ておいてくれよ、頼むぞ!!」と言われ、有紀の乗馬を見ていました。そのうち、馬は走り出し、そのまま走らせました。すると、落ちてしまい、腕を折ってしまいました。あのときは、泣きそうになるくらい悲しかったです。他には、プリンにかまれていらい、馬を怖がって、いろんな馬に逃げられたり、自分から逃げたりする事もありました。今でも、まだまだ怖がっています。乗馬中も、落ちてばかりでした。 草吾とは大違いで、僕は本当にへたくそでした。
学校でもまた、いろんな事がありました。特に部活なんかは、思い出に残っています。サッカーは、得意ではないけど、大好きなスポーツで、知っている友達も何人か入部していたので入りました。夏の頃は、6時ごろまでグラウンドで暴れまくって、帰ってから1人でご飯を食べていました。グラウンドは6時になるともう何も見えなくなりました。そんな中、人やボールを適当に蹴って、楽しかったのを覚えています。学校であった友達は、小学校の頃から知っている人もいれば知らない人も言え、それでも出来るだけ多くの友達を作りました。ちなみに、部活をやめた理由は、スキーに集中しようと思ったからでした。おかげで、スキーでは望みがかなってよかったと思います。
他には、久真の子守りの事が印象づけられています。いつも遅くまで起きて(だいたい寝ていた)子守りをしていました。久美さん入院している時でひどい時なんて、12時まで起きていた時もありました。あのときはつらかった。
この1年間、っていうか2年間。いろんな人に会えました。名前も覚えていないぐらいいっぱいの人達に会いました。来年度も残ろうかと思ったけど、家が悲しいようなので帰ります。またここに長期留学できて、いろんな人達に会いたいと思います。そしてその時こそ、みんなに乗馬が上手いと言われたり、スキーで1級を取ったりなど、新しい目標を持ってやってきたいと思います。今回、北海道に来た思い出は一生忘れないと思います。
一年間をふり返って 中学2年 そうちん
去年の2月にぼくは北海道に来ました。あの時は学校に行ってなかったからずっと家でいろんな仕事をしました。その時の心に残った時は、思いっきり風が吹いててしかも雪がふっている時に、5〜6メートル位の所まで枝切りをしていたことです。始める前に「今日は無理やろう〜」といったが、あの森田さんは「北海道はそれくらいでひるんでたらあかんと」言われてしまったあん時はマジでこわかったなー。しかも、はしごから落ちたし。木の上に登っている時に、かなりあの人をうらんでいたなー
4月に入ってすぐに、八重がしさんの所に実習に行きました。行き初めの時はいろいろあって「こんなところでいいのかなー」という不安がありました。まず、行き初めて3日目に、八重がしさん夫ふが2日よいでなかなか牛舎に来なくて寒い中、1ち時間ほど待ったことなどいろいろ。そしてなによりもおそろしかったのは、八重がしさんのじいちゃんが元孝育委員長であったこと。あれはマジでこわかったなー。あの時はまだ学校に行ってなくてかなり北間の人にいろいろとめいわくをかけたのかもしれないなー(タブン)。けどやっぱり学校に行くよりも仕事してた方が良かったなー。
別に八重がしさんところの仕事が楽だったわけでもないし、家に帰ってからの仕事もけっこうキツかったけどこれからは学校に行かないで仕事をしようーと思った矢先の4月30日にいつの間にか森田さんが教育委員長に行ってて、5月から学校へ行くみたいなことになっていたのだ。ちょービックリって感じでした。
そして5月12日から学校へ通うことになったのだ。ハッキリ言ってかなりつまらない日々がつづいた
体育祭はつまらなすぎて何をやったか覚えてないなー。
けど、7月位からは仕事の他にもう1つねっ中することがふえたのだ。それは乗馬なのだ。
今年からはサラブレットに乗った。初めはヤッパリこわかった。そして、いろいろとアクシデントもあったのだけれど、上達していくとどんど楽しみがふえて、畑で走ったりするのはかなり気持ち良かった。冬は山ぶどうを取りに行く裏山まで行ったりとほんと楽しかった。だから今年はもっと楽しもー。
仕事の方は今年は大工仕事をメインにやったのだ。いろんなところをかいぞうしたのだ。でも、やっぱり作ったりするのが大きい分だけやっぱり大変であったなー。でも大きい文だけちっちゃいのを作るよりも全然楽しみがちがうかったなー。大工仕事の中でも、特にペンキぬりにかなりハマってしまったのでござる。やっぱりペンキぬりも大変だったけど、あれもおくが深くて楽しかった。特に、自分が納とくいくくらいキレイに仕上がった時は最高の気分でした。でもやっぱり大変でした。
そして、いろいろやっているうりにスキーのシーズンになったのだ。今年のスキー場のオープンはかなり早くいっぱいすべれた。そして、今年からはきょう技スキーもやりはじめたのだ。今年、スキーにかけたお金はそう当の料金になっていると思うなー。多分、うちのオカンとオッチャンは早くスキーをやめろといっているかも。
今年、スキーで買って良かったと思うのはもちろん全部やけど、その中でもやっぱり新しい板を買ったのはサイコーにうれしかった。
カーピングしかもレース用の板である。この板と始めてはいた時はかなり感動してしまった。
今シーズンは2級もうかってかなりいい気分でがざるちょっと心残りなのは2月22日の中休連スキー大会である。これはかなりくやしかった。
1本目。初めてのレースでかなりきんちょうして、1月3日の2級検定のように失敗したときのことを思い出してしまったのだ。」だから、初めはだいぶ守って、敗失しないようにすべったのだ。直人とのタイム差は3秒差だった「これは表しょういけるかも」と思って2本目はかなりつっこんだけど、結局ゴール前でころんで、全ぜんなっとくいかない績せきだったなー。
でも、1級検定の時は合格しなかったけど、けっこう満足のいく点数が出てうれしかった。あの時は中体連の時のようにウジウジするようなすべりじゃなくて、自信を持っておもいっきしすべるようにし。そのおかげでいちばん自信のなかった種目でいい点がとれた。ダメだったのは自信のあった2種目でした。これは変なかんちがいをしました。6ターンする所を8ターンにしまったりと「やってもーたー」って感じだったけど、それでもすべり自体は満足しているのだ。だめだった2種目も1人は合格点を出してくれてるから、満足のいく楽しい検定だったのだ。不合格だったけど、おもっきりやれたから2級を合格した時よりもうれしかった。だから、これからの大会もウジウジしないで、自信を持ってすべってHBCはいでは、直人をぬかしてやる。きっとおもいっきりすべったらころんでも満足いくだろうなー。
今年からきょうぎスキーを始めたけど、こんなにも楽しいとは思わなかったし、ぬか平の人の「もっともっと練習したらすごい選手になれるかもよ」とほんとかどうか分からないけど、言ってくれてるのでスキーの強い高校に行ってみたい。でも中学卒業してからは、馬牧場で馬をいっぱいさわって、海外で乗馬をしたいって気持ちもあってほんと大変だー。
なんか今年はいろんなことをするたびにいろんな目標ができて、かなりじゅうじつした1年で楽しかった。今年は、いつでも海外で乗馬できるように英語のべん強を少しはがんばらなくては。
でもちょっと不安なことが1つ。スキーの合宿に行来たかったけども、もうシーズンオフも近づいてて行けない。森田さんは「来シーズンにしょうと」行っているけど、森田さんのことだから「今年はいそがしくてダメだー」なんて言うこともぜったいにありうる。かなり不安でしかたがないなーって感じです。
もう4期生のこともおわかれですちょっとにくたらしいこともあったけどいや、ちょっとだけじゃないかもしれないけどみんな楽しいやつだったなー。なんて、今ごろ思ってみたりします。なんかさみしい気分って感じです。みんな、大阪に帰ってもいろいろとガンバリなよ〜〜〜。
そうそうホント今年の冬はササキさんにお世話になったのだ。ありがとうございま〜すって感じです。
大地の学校に来て 実習留学(15才) あっちくん
僕は二ヶ月ほど前に、大阪にある都島工業工等学校を辞めた。
理由は色々あるが、一番の理由としては、自分が本当にしたかったことではなかった.と言うことと僕には大阪の、いや、都会の生活が合っていなかったと思う。
なぜなら、僕は元々のんびり屋であって中学校もいなかののんびりしたところにあり、高校に入ってからは心のゆとりみたいな物が一つもなく、楽しい事もないまるでムダな日々を過ごしていた様な気がする。
では、なぜそんな高校に入ったかというと、小さい頃から手先が器用で物を作るのが好きであったため、自分は大人になったら物を作る仕事につくものと思っていた。
中学校に入っても自分が何をしたいのかよくわからないまま、塾や家庭教師などで受験勉強をしていた。そして、どうせやるならトップをねらうと言うことで、他には何も考えずに高校に入ってしまった。高校に入ってからは上にも書いた通り、無責任ではあるが、たいして高校生活が楽しめず、というよりも少しも楽しい物がみいだせず、エリート校にあるような伝統だので窮屈な日々を送り、自分が壊れていく様な気がして6月中ば頃、北海道・日高に行くことになる。
なぜか。それは6月に入ってからは学校に行かなくなり、自分は本当は何がしたいのかを考え、それでたどりついた結果が、牧場での生活であった。牧場での生活がどんなものであるのかも知らずに、働けるわけがないので北海道の日高でそれを見極める為5日間ほどの一人旅に出たわけである。
自分の目で見てみると、やはり大阪の都会より北海道の大自然の中で動物と共に生きる方が素晴らしいと思うし、自分には合ってるとも思う。実際、ここに来てから、自分は変わったと思うし、変わっているはずだ。
それで、帰って親に報告してみると「北海道に行く事は反対しない。その為にまずここで修行してはどうか」と大地の学校を進められた。
運動神経は人並みにあると思っていたが、中学校のクラブ活動を辞めていらい、一年間のブランクのせいか、初めは思うように仕事ができず、仕事中にすぐ休んでしまうため、森田さんには「お前は忍耐力が足りん」と怒られる日々が続いた。
本当に最初の頃は体力がなく、休みが欲しいと思うぐらい疲れ果てていたが、体の疲れはすぐ取れるし、慣れる事も出来るが、大阪での高校生活で味わった心の疲れはそう簡単には取れない。が、ここではそういった心の疲れはまったくといって言いほどなく、僕にとっては毎日が楽しく、新しい発見の連続であり、又、都会では味わうことの出来ない安らぎ、興奮を与えてくれました。
今まで知らなかったことを教わり、知識も増えた。次第にここの生活にも慣れ、自分が明るくなっていったのを感じ、仕事にも慣れてきたと思ったのだが、またまた森田さんに仕事の厳しさを教わった。
この頃仕事のスピードは上がってきたのだが、「仕事は遅くても、確実にするものであり、いくら速かろうが雑であれば二度手間になる」と言われ、「仕事というのは、やりたいことが出来るのではなく出来ることをやらしてもらえる」というのを教わった。僕は今まで自分の考えが甘かったことを思い、心を入れ替えて仕事に取り組もうと思う。
働く事に年齢は関係ないという事を知った。30歳だろうが15歳だろうが働くという事や、生きるという事にかわりはないとわかった。
僕は一人で生きていける様に、自分自身を鍛えたいと思う。
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