でも、実際は、子どもたちは、習い事やレテビやゲームに夢中で、なかなか外遊びはできません。
子どもの人数も私がそだった頃に比べると、かなり減っていて、親が送り迎えをしないと、友達のところにも、行けない状況です。
今、悩んでることがあって、メールを送信させてもらいました。
@大地の学校に参加される子どもさんたちも、やっぱり、本人のやっていこうという意志がないと、
そこでの生活は難しいのではないでしょうか。
それとも、親のはっきりした子育て方針があり、それを受けて、観ていく環境があれば、子どもはやっていけるものでしょうか。
Aまた、親元を離れて、いろんな体験をしてみようという、意志をもったこどもに育てるには何が大切なのでしょうか?
親の接し方というよりは、子どもの個性によって、山村留学のようなことが出来る子と出来ない子がいるのでしょうか?
うちでは、今の子どもたちが楽しみにしていることを、結構制限し、取り上げていると思います。
取り上げるだけでなく、本当の楽しさ、自然のすばらしさや、人と一緒にやることの楽しさを感じれる場も、
与えてやりたいと思い、いろいろ、検索中です。
@、Aのことについて、意見を聞かせて下さい。お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします。
>
@ 大地の学校に参加される子どもさんたちも,やっぱり,本人のやっていこうとい
> う意志がないと,そこでの生活は難しいのではないでしょうか。
基本としては、子どもに<大地の学校>での生活か活動に関心、興味、好奇心といったものが必要です。
でないと、ここでの生活ルールの厳しさや環境の厳しさについて行けないでしょう。
つまり、これがポイントなんですが、ここでの生活や活動に、先程のような意欲が有れば、
生活ルールや環境の厳しさには適応して行きます。
親元に居るときは、わがままで、根気が無くて、部屋のかたずけができなくて、兄弟と仲良くできないで、
食べ物の好き嫌いが多くて、テレビばっかり見て、ゲームばっかりして・・・という普通の子たちです。
今まで、来た子どもたちは、普通の家庭の普通の子どもですが、間違い無く自分の方から適応します。
<大地の学校>が続いているのが、何よりの証拠です。ここには、私と妻しか大人は居ません。
私の母は、離れに住んでいて、晩御飯を時々作るだけです。他のスタッフは居ません。(というより、置かないのですが。)
私たち夫婦が、自家生産の子ども3人を持ちながら、他人様の子どもをこんなにも家庭の中に入れられるのは、
多くなってもその分、皆の自覚が働くからです。(スタッフを置かないのは、かえってこういう心理作用の妨げになるからです。)
そうでないなら、こんなことできるものではありません。不可能です。
もちろん、自動的にそうなるという意味では有りません。教えられたり、叱られたりする中でです。
ただ、親元では、聞く耳を持たぬ子も、ここでは聞くようになるし、親に叱られても、反抗するだけの子も、
素直に叱られるようになるということです。
余談ですが、これ、どこかのヨットスクールと間違わないように。
我が家には、ターミネータ−のような頑強な指導員が居て、押さえつけたりしませんから。(^.^)
あのー。こんなこと言って、なんですが、私たち夫婦はそこまでして、人様の子の世話できません。
お判りでしょうが<大地の学校>は、矯正施設ではありません。
あくまでも「ここの主旨に賛同する者を受け入れる」学校です。
> A また,親元を離れて,いろんな体験をしてみようという,意志をもったこどもに
> 育てるには何が大切なのでしょうか?
ここに来る子の、それまでの育ち方がどうであったかを、簡単には聞けても、その実際を知ることは出来ないので、
なんとも言えませんねえ。
でも、甘えたに育てられてきた子も、厳しく育てられてきた子も来ますから、結局は、子どもの個性でしょう。
小さい頃に十分な愛情を受けると、大きくなったら安心して独り立ちしてゆくとも言われますね。
でも、ここに来る子を見ていると、小さい頃から親が厳しすぎて愛情に飢えたままなのかな、と思える子も応募して来るし。
少なくとも、留学を希望する子になるか否かと言うこととは関係無さそうです。
だから、言えるとすれば親から離れる寂しさよりも、未知の生活への好奇心が勝る子ですね。
さて、どうしたらそんな子になるんでしょうね。私も考えます。