<大地の学校>農村留学は、私たち夫婦が里親となって通年で児童を預かり、宿舎で集団生活を
送りながら、様々な活動を経験して行くものです。本来は、そうではなかったのに、最近一般的には、過疎地の小中学校で地元の子どもが減少した
ために、都会の子どもを転入させて学校の存続を計ることを山村留学と呼ばれています。(*注)
私は、その取組み自体を否定するつもりは有りませんが、<大地>は、そういう活動とは、別の
スタンスで行っていることをご理解下さい。
<大地>の場合、農村の学校に通うからということで留学と名付けているのでは有りません。人が大人になるに当たって必要なことの基本は家庭生活で学びます。
ところが、現代の高度産業社会は、大きく見れば都市と農村、生産と消費の分極化が進み、個人
の孤立化と家庭の空洞化をもたらす傾向に有ります。
それゆえ、現代の子どもたちは、人との関わり方や生活の知恵といった基本的なことを家庭とい
う身近なところで学べないまま過ごしています。学級崩壊や荒れる学校といった問題は、教育の制度や体制における問題も有るでしょうが、子ど
もを育む生活の有り方も大いに問題にすべきでしょう。
農村留学とは、そのような都会の子どもが、暮らしと生産が一つになった農村生活に移り、生活
から派生する諸々の関係性と知恵を学ぶことを言います。
別の言い方をすれば、都会の核家族から農村の大家族への留学ということです。そして、<大地
>の特質は、子どもたちを森田家という家庭の中に入れる点であり、留学での教育基本を家庭教
育の場として位置付けていることです。ここでは生活の全てが教育と位置づけ、毎日の生活、そして年間を通じた活動計画を組んで子供
たちに接するようにしています。
つまり、<大地>に留学し、地域の学校に通学していると考えて下さい。
言い換えれば、地元の学校へ通うことは<大地>農村留学活動の柱の一つと言うことであり、他
にも、日々の生活仕事や休日の野外活動をも含めての留学ということです。ここも過疎地ですが、<大地>は行政の過疎地対策として行っているものでは有りません。
先にも有りますように、『もう一つの学校』づくりとして開いています。上記の想いを込めて、
<大地>ではこの活動をいわゆる山村留学ではなく、あえて農村留学と名付けています。
*注:日本で最初に「山村留学」を具体化したとされる財団法人「育てる会」も、
ここに指摘される一般的な山村留学の現状には憂いを持たれているそうです。
同会は本来の位置付けについて、次のように表明されている。「山村留学」名称の使用について
山村留学制度は、育てる会が創設したものである。この教育的趣旨の健全発展を願って、この呼称の使用に際して、関係者に以下のような趣旨の徹底を要望する。山村留学制度は、青少年に豊かな自然体験の場を与えることを目的とする。そのため農山村の豊かな自然を活動の場とし、そこで都市や農山村の青少年が、夏休み、冬休み、春休み等の休暇中を利用して、集団体験、自然体験を行ったり、また都市の青少年でより長期の滞在による体験を希望する場合は、現地の学校に通学する等の方法を実施するものとする。