| 北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線(正式名)は、池田を 起点として、高島、本別、足寄、上利別、陸別、置戸、訓子 府、上常呂、北見までの1市6町村を結んで運営されている 第3セクターの鉄道会社です。 本社は北見市にあります。 第3セクターとしては国内で最長140キロで、駅数は33 駅(有人駅は上記10駅池田・北見はJRと共同使用駅) あります。 |
| 明治40年 明治44年 昭和36年 昭和57年 11月22日 昭和62年 4月 1日 平成 元年 6月 4日 |
池田 − 網走間着工。 池田 − 野付牛(現北見)完成。網走本線全線開通。 網走本線から池北線に改称。 第2次特定地方交通線に選定。 JR発足。 北海道ちほく高原鉄道株式会社開業。 |
| この線は、池田から網走間の鉄道として計画され、明治40年(1907年)
起工、明治 43年に陸別まで、同44年野付牛(昭和17年10月1日北見に改称)まで、そして大正 元年(1912年)網走まで開通した。 池北線は北海道東部の十勝と北見を結ぶ横断鉄道として重視されたが、陸別−置戸間は 原生林に囲まれた渓谷で、道路はなく、難工事であった。 この線は、網走本線と呼ばれたが、最急勾配20/1000、最小曲線半径300mで、 幹線としての規格は低く、その輸送力は小さかった。 しかも、このような横断線は、釧路−網走間に釧網本線があり、2線が競合するかたち となった。 けっきょく旭川から網走に向かう石北線が幹線としての地位を確保したため、昭和36 年(1961年4月1日)新旭川−網走間が石北本線となると、池田−北見間は池北線と改 められた。 その後、国鉄からJRになり、第3セクターの「北海道ちほく高原鉄道(株)」が発足 するのと同時に、広大な機関区が整理され、次々とディーゼル機関車が廃車になり、黒々 と威厳のあった機関庫もなくなってしまった。 |
《車両プロフィール》 |
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| CR70(8台)、CR75(3台)、CR75−101(1台) |
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CR−70型・CR−75型 |
![]() 車両内部 |
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| ふるさと銀河線 記念切符 |
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この頃は、DC急行「池北」(北見−帯広)も走っていた。運賃は550円。 1964年10月の時刻表では帯広−北見に準急「第一池北」(池田−帯広・準急ぬさまい に併結)と「第二池北」帯広−陸別を走っている。この時の運賃は2等で390円。 陸別では駅弁や栗饅頭(1箱50円)が売っていた。1972年には、駅弁の表示はなくなっ ている。 |
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現在は、池田−北見間の運賃は3,100円で昼に限り「ふるさと駅弁」を車内販売して います(してるはずです)。本別「まいたけ弁当」、「人間ばん馬弁当」700円です。 |