北海道移住とワインの国のできるまで


   北海道との出会いは高校3年の受験の時。北海道なんて一生のうち1回行けるかどうかわからないから、
  受験を口実に十勝の帯広にやってきたのがはじまりだった。
  3月だというのに、広大な畑は一面真っ白!
  小学校2年から塾に通い、ずっと受験勉強をしてきた自分が ものすごく小さい存在に思えてきて、試験当日
  1科目受験したところで脱走。
  自分1人しか乗っていない釧路行きの急行列車に乗ったのが道内周遊のはじまりだった。
  結局14日間まわって家に戻ったはいいけれど、「北海道病」にかかった私は「北海道に住みたい」と親に
  話したら、当然のごとく大反対! そして浪人生活。
  それでも「病気」はどんどんひどくなり、とうとう「家出」をしてしまった。

  ひとりっこでバイト経験もなく、まじめだけが取柄だった私が家出をしたものだから、実家は大騒ぎで捜索
  願いが出され、友人の家へ警察が来たりもした。
  家出したときに持ってきた、「過去のお年玉の貯金」も底をつきはじめ、生まれてはじめてのバイトをする。
   まじめだったので、仕事を覚えるために1時間前に行って働いた。
  この時のバイトは、「ジュータンのゴミ取り」。当事几帳面だった私には、うってつけの仕事だった。
  そして、アパートを借り、翌年無事に大学にも入学した。(もちろん親は知らない)
  この頃、北海道は理想の地であって住む所ではない、と考えはじめていた。
  入学後のバイトは、旅行をするための資金稼ぎで、お金が貯まると全国へ旅に出た。
  北海道だけでなく、全国2府43県すべて回ったが、やっぱり北海道が一番良かった。
          
          

  そして、5回目の北海道で移住を決意した。 決意したものの、それからが大変。自分で条件を決めて
    @田舎であること
    A広い土地があること
    Bその土地が買えること

  しかし、本州から来た21才の若造なんて相手にされるはずもなく、町村役場、農協を回っても反応は
  冷たく、ほとんど相手にされなかった。(最近は積極的に受け入れているところも多くなったが…)

  そして、十勝で19ヶ所目の池田町に来た時、今までとは違い積極的に相談に乗ってくれたのでした。
  理想の地を見つけ、持ち主とも交渉して、やっとOKをもらった時のことは今も忘れません。
  それから、東京に戻り大学を辞め、一番気候が良く活気がありそうだった愛媛県の松山市に行きました。
  本気で北海道に住みたい。1年間お金を貯めることができたら何でもできるような気がして、朝は市場。
  昼はちり紙交換。夜は肉体労働をして、雨の日はパソコンソフトの入力をして売っていました。
  それで貯金も含め650万円を貯めて、やっと北海道の土地が自分のものになったのです。

          

  しかし、ここからが本当に大変で、ドラマの「北の国から」のまんま。
  はじめは憧れだった自分の甘さをひしひしと感じるようになっていくのでした。650坪の敷地は、密林の
  ようになっており、離農して10年以上経った家は、ものすごいぼろの廃屋。
  建物に着くまで、自分の背丈もある草木をなぎ倒し、家の前にある3本の木を倒すのに半日かけ、
  やっと家に入る。
  電気のスイッチを入れる。・・・つかない。
  水道の蛇口を回す。・・・出ない。
  家の中を歩くと、バキバキと床が抜けた。

  役場の人が見るに見かねて、救助用の水タンク5個と畳一枚を持ってきてくれる。
  「これで俺も一国一城の主だー!」と畳に座って壁に寄りかかると、そのまま壁が外に倒れた。

  まず、外からの風雨を防ぐために、そこらにあるものを壁や窓に打ち付けた。
  まるで子どもの頃の基地ごっこのような建物ができあがる。
  建物のゴミを捨てにいくついでに、使えそうなものを拾って帰ってきた。そして、風力発電に挑戦。
  拾ってきた鍋やフライパンで作った風力発電は、豆電球がつく程度だったが、あかりを得ることができた。
  (その後、強風で飛ばされてしまった)
  それから、内装工事をはじめ、屋根もブリキを切って張り合わせてペンキを塗り、配線も終わり、
  電気がついてラジカセが聞けた時は、感動モノだった。 
  工事全般は、日曜大工入門とか本を読んで自力で行なった。

  それから、水。
  ここは町から離れていて水道がきていなかったため、井戸を掘らなければ水の確保ができない。
  業者に頼めば150万円もするため、やり方を聞いて自分でやることにした。
  誰も信じなかった。
   「北の国から」では、五郎さんが1人でつるべを使って作っていたが、実際は粘土層のために1回ずつ
  20リットルのオイル缶に入れて、はしごを登ったり降りたりしなければならなかった。
  結局、直径250センチ、深さ7m、打ち抜き6m。(約13mで水が出た)
  また家の中までの配管も、地下150cm以上掘らなくては冬に凍ってしまう、ということで、掘って掘って
  掘りまくる毎日だった。

  そして、1ヶ月以上かかって完成。
  それから、少しずつ外装やサッシなどを入れ、手直しをしていくともう冬。
  ある朝、内装をやろうと玄関に行ったら、いただきもののビールが10本ほど天井に突き刺さっていた。
  ある日、あまりにも寒いので本州から持ってきたストーブを4台つけたが、温度は0度にしかならなかった。

          

  そんなこんなありましたが、1年以上かけて「民宿ワインの国」の認可が出て、事業主の第一歩を踏み
  出すことになったのでした。
  この時、全財産500円玉一枚でした。
  1週間後オープン当日にお客さんが来たので、どうにか生きていけました。