’57年11月18日から12月21日まで徳島大学学芸学部四中四年の学生は、付属中学校で教育実習を行った。ゴロは、1年3組に配属された。
11月19日火曜日 第二日目 今日になってようやく落ち着いて生徒を観察できるようになった。同じように見えていた斉藤君と石村君がどうやら判別できるようになった。 ホームの時の議長の声は騒がしくて後ろまで徹底してない場合が多い。
11月20日水曜日 湯浅先生から一年三組の学級編成のあらましを聞いた。私にとって自分の学級だと言った感じがピンと来ない。私は、エゴイストで独裁主義的な傾向が大いにあるから教生相互間のチームワークもどうも苦手である。かといってスタンドプレーができる花形選手でもないので教生をゲームに考えるのもおかしいがこのゲームには参加しても勝利を戦いとる情熱が起こらない。斗志が消えてはゲームも勢い気乗り薄になってしまう。
ホームルームの時間に女子ソフトボール選手決定の時今田さんが自分の時手を挙げている元木さんの手をおろそうとしていたが近藤さんの時も元木さんの手をおろそうとしていた。近藤さんと今田さんでは両方とも父親が学芸学部の教官である。この行為は反目の故か同情の故かはっきりしたことは解らないがちょっと気にかかる動作であった。
明日の予備調査をやったが騒がしくて前途の多難を思わせるに充分であった。学級をガチンとまとめる統率力が欠けているのが自分でも悲しくなる。
11月21日木曜日 教生最初の参加 教科教育法の時参加したことがあるのでさして感激もしなかった。自分で考えてもどうもむずかしい。教育に対する情熱を失ったのかも知れない。
自分でも不思議なくらい生徒に人気がない。人気がない理由は自分の態度が悪いのだとも思うが、生徒から見れば私はどう映るのだろうか?
自分が生徒を少しも愛してないのを生徒が敏感に感じ取っているのだろうか。私にはどうも妙な傾向がある。ゆきずりに逢った私の無関係の人ならば無条件に好き嫌いの感情を呈出できるが、その人がもしくは他の人で自分の事に少しでも関係やかかわりが出来ると途端にその人に嫌気がさす。サルトルの実存主義的嘔吐感とは無関係かも知れないが、微かには心ひかれるものがあるが、それ以上に自分の精神的領域に進入してきて私の領域を侵犯されるのが私にはたまらなく嫌なのである。
生徒の一人が私のよくやるポーズだとある姿勢をした。私はそのポーズを見た途端にその生徒が・・・と言うよりもその生徒がとろうとした類似的な私に対しておかしい話だが自分自身で嫌悪感を抱いた。
自分の声量は自分では測定できない。私の声量は少なすぎるそうである。私はいつも改まった場所では絶対に発言できない。発言ノイローゼではないのだが相ヅチを打ったりニヤッと笑う程度である。見方によっては薄バカに見えるかも知れない。
人が自分の思想を発表するのに言語を用いるのが不思議なシュン間がある。自分の思想を言語で発表する機会を私は今まで多く持たないで過ごして来た。思想なんて大げさな言葉を用いたが自分のした事する事そんな事すら家族の人に話すのさえも私は好きではない。そして事実話さない。
私は実習に当たってつくづく自分が言語活動で人並みの成長をとげていない事を痛感した。
佐藤先生は私の授業に迫力が欠けていることを指摘されたが満足な言語活動に出来ない者がどうして迫力にあふれた授業が出来るだろうか。私には高校時代からの女友達がいる。私には友達は数多くいないが今でも友情を感じる人は皆無と言ってもよい。その女友達とは大して逢わないが友情は感じるらしい。しかし愛情を感じる事は逢っている時はない。逢わないでいる時はほのかに感じる事もある。結局非存在の彼女を愛しているのである。私の授業の場合指導案作製の場合は非常にデリケートに指導内容を思い患う。ああもしよう。こうもしよう、こんな時はこうすべきだなどと非常に神経を使う。こんな風なウソを書いたとしても信ずる人は信ずるし信じない人は信じない。私の授業を見た人はおそらく信じないと思う。それ程非存在の場合のデリケートさにくらべてラフである。自己嫌悪がこうじた場合は私はいつもこうなる。粗野な態度とフルマイそれはデリケートな神経を持つ者のそれだと言った所で信ずる人もあるまい。だから私は日によってものすごくしゃべる。しゃべる自己に我ながら嫌気がさしているのだが発作的に次から次へとしゃべってしまう。極端から極端への変動が容易に行われる要するに若いのだろう。シュトルムウントドランク思春期から完全に脱却していないのだろう。今日の清掃の時間男子生徒が期末テストの平均点を話している時浜田さんが入ってきた。男子生徒が浜田さんの平均点を63点だと言ったら浜田さんが「そんな事言うたら私自殺するじょ。」と言って走り去って行った。浜田さんはおそらく本気で言ったのではないかも知れないが私にとってその言葉はギクンとさせるに充分だった。付中の性格上致し方ないとしても点が悪いと自殺するといった考え方を起こさせるのはどうも感心しない。人間の価値を学業成績で判定する考えは学校といった現在のシステムでは拭いがたい迷信かも知れないがそれを打開する知性あるいは知能活動を浜田さんにも働かせたい。しかし、それだからと言って学業を完全に無視されても困るが。兎に角私にはその迷信打開策を十分に徹底させる事は出来ないのだと思うと悲観的な気すら起こる。
私にも多かれ少なかれ成績中心主義が根強く残っているのを認めざるを得ないからだ。生意気な言葉かも知れないが学業成績よりも自分の生命を貫き通す事を第一目的としたい。しかし自分の生命のバックボーンが学業成績であること いいかえれば生命力を学業の為に打ち込むことは尊い姿であると思う。それを裏返せば浜田さんの言葉にも通ずる危険なダイナマイトともなる可能性を含んでいるともいえる。
11月22日金曜日 一二講時の村上教生の授業は態度に熱心さが欠けていたと思う。それ以上に生徒の態度は不熱心であった。
三四講時の青木教生の授業は非常に上手いとおもったが原画の下手な事風呂屋の看板絵さながのから児童雑誌の口絵みたいのがあり。そうかと思うと青木君が禁止しているのに略画の本の丸写しをやって青木君が近づくと急いでかくしているものがいて理解の程度がしのばれたが流感にかかったのか寒気がしてたまらないので控え室に途中で帰ってきた。佐藤教生の社会科の授業は生徒が挙手しても指名できない貧弱なものであったが、スローテンポ・口数の少なさで私の授業に似てるなと思ったが、ある人に注意された私の欠点を彼は持っていなかった。即ち彼は私ほども無表情ではなかった。回答をしてくれた場合いちいち笑顔になってうなづいていた。私の場合なら無表情で生徒の回答の不足の部分を無造作にくっつけるだけで済ましている。
今日のH・Rの時間だってあんなにも多くの希望を適切だと思われない理由で黙殺してしまった。教生が始まる前に友達に「付属へ行ったらミッキーの絵でも描いてやんな」と言われてシャクにさわったのが意識下の世界にあったのかも知れない。放課後運動場に初めて出てみた。赤穂教生が一年三組の男子生徒とドッジボールをしていたが誘われても体の調子が悪いので一緒にやれない。女子生徒はジングルベルを踊っていた。
11月23日土曜日 記入無し