こうして事故にあった


 2001年5月26日(土曜日)この日が、私にとって65年間の終幕の日になったかもしれない日になるとは。
 退職教職員互助会の帯広市支部の総会が13時30分からあるので、普段よりは少し早めに蜂蜜トーストの昼食を終えてバス停に向かった。
  12時50分、谷の湯前発のバスに、乗車するつもりだった。バス停に曲がる角まで来たときに、まだ時間が、相当あることに、気がついた。そこで曲がらず直進して、会場のとかちプラザまで、徒歩で行くことにした。(そういえば、ついこの間もバスに乗らないで会場まで歩いたことがあったっけ。まあこの調子で歩けば、ひとつ手前のバス停でバスが追いつくかも知れんな。)なんて思いながら会場に向かった。そんな予測どおりに、記念碑前の交差点を過ぎて、長崎屋帯広店の方に曲がる頃、バスのエンジン音を聞いたような気がする。やはりバスだった。長崎屋に着くちょっと前に、バスは、目の前を横切っていった。
 長崎屋に着くと、ほとんどの人が利用してない南東の入り口から、階段を上って、店内に入った。総会受付の締切時間まで、まだわずかあったので、本屋さんで雑誌の立ち読みをして、帰るときのことのことも考えて、買わないで、北東側の出口から、会場に向かおうとした。そのとき、10.21の反戦ストを、ともに高度僻地校で、打ち抜いた仲間だったT氏も、同じ会場に、向かっていくのが見えた。急いで駆け寄り、ともに入場して、受付を終わらせた。
 受付は例年通りに、新採用時の先輩で、数年前になくなられたI氏夫人の言葉で、スムーズに流れた。だが、T氏は初めての参加だったのか、少し時間がかかった。二人で仲良く(?)ひとつの机に並んで、総会を終えた。
 総会終了後は、恒例の隣の部屋に移動して懇親会となった。最初からウイスキー(Sオールド)の水割りで、一瞬「今日はいつもよりまわりが速いな」と感じたような記憶がある。
 毎度のことながら、最後まで粘り打ち上げを終えて、表に出た。相当まわってたような・・・・・
 いつも、これに弱いんだが、誘われるまま、T氏行きつけのバーKに、それまで一面識もなかった彼の友M氏と3人で、二次会としゃれ込んだ?
 これ以降、事故後救急車搬送までの間の記憶が、まだらどころか吹っ飛んでしまった感じ
 不思議なことに、自宅から北北東方面約15q離れた道路上で、自動車にはねられたようだ。(なぜ、どうやってそこに存在したのか?)そういえば、十何年か前に、酩酊徘徊をしたときも、住処から北北東方面の雪原を、さすらっていたなあ!<あのときの酒もSオールド>
 帰りを待つ妻の下に、救急隊員から電話があったそうだ。低いトーンで「事故にあわれた。救急救命センターに搬送する。生命に別状はない。」とのことだったようだ。慌てた妻は、電話でタクシーを呼び、準備をしようと家中を駆け回り、床で滑って転んだそうだ。
 駆けつけた妻の前で、医者にどこを触れられても「痛くない。痛くない。」と言い続けていたらしい。酒が、麻酔剤の役割を果たしていたのかも......
まだらな記憶では、道路のどこを歩いてたかを訊かれて「人は右、車は左、犬自由」と答えたような?さらに、道路にたたきつけられた瞬間と傷の相関から、相当からだに柔軟性が、あったようだといわれて、たった何ヶ月しかやらなかった柔道の練習で、会得した受身技が、効いたんだと、得意げに話していたみたい?
 それで、負傷箇所は、右半身に集中してて、上から右額に擦過傷、右目眼窩周辺にうっ血、右ほほに擦過傷、右ひじにうっ血、右大腿部右側に打撲痕、右手第1指第1関節に擦過傷と外傷、右掌外側第5指付け根に打撲痕、右大腿部左側に鬱血、右ひざ直下に擦過傷と外傷。
 着衣は、純毛製のスーツ上下だったが、数箇所にかぎ裂きができてた。靴は、ビニール製の安物だったが穴があいてた。どちらも、ごみとして廃棄した。
 後で聞かされたが、相手の車のボンネットに、丸いかすかな凹みと、わずかに広い凹みがあったそうな。どうやら、足をさらわれてボンネットに乗り、右ひじと、顔面で制動を試みたらしい。
相手には、「自分は、当たり屋ではない。」と人身事故扱いにはしない旨を告げたらしい。後に、警察から再度確認を採られて、人身事故扱いにはしないことにした。それでも、不安だったので、大阪府警を、定年退職した高校までの同級生に、聞いてみた。「保険が効かなくなる。」といわれて、そんなものか?と思った。
 病院で、CTをとってもらったが、格別異常はないといわれた。二週間後にもう一回とってもらったが、それでも脳には異常は見当たらないといわれた。事故前後の記憶がまったくないのは、異常ではないかと問うたが、そういうこともあるといわれただけだった。前からやっていたコンピュータのフリーゲームの”四川省”で、事故以後記録更新がまったくできず心配してたが、つい先日(7月1日)にめでたく更新してひとまず安心した。
 7月11日に、最後の通院をした。予想通り、担当医は、「とんだ災難を拾ったもんですね。」と慰めながら診断書を、書いてくれた。症状名は、「右足左内側靭帯不全」だった。
退職者共済の交通傷害保険に加入しているので、保険金の支払の請求はがきを出したら、事故証明と診断書と、診察の開示同意書が必要だと書いてきていた。
 そこで、はたと行きづまった。確かに、人身事故扱いにしないと証明は出せないといってたような.......もう一度確かめようと管区の交番に電話した。何度掛けても出ない。警察署に電話したら,「はい血液センターです。」と言う。資料のミスプリで間違い電話しっちゃた。次に,近い交番に掛けるも留守(?)次々に電話して最初につながった西5条交番に、恐る恐る聞いてみた。
 なんと、事故証明は発行してくれるとのこと。もらえる方法まで、親切に教えてくれた。
 そこで,診断書をもらったかえり道、途中の交番に寄って、事故証明請求書をもらおうとしたが、二人いた警官の一人は、はじめに対応したが、話が通じない。一緒に行ってた妻が、もう一度説明をはじめると、あとの一人が、奥から請求書を持ってきてくれた。対応した方の警官は、その所在も知らなかったみたい。それにしちゃあ、態度がよろしくなかったようで。  証明書は、七日くらいかかりますと記載されてたが、四日めに着いた。必要書類がそろったので保険金支払請求の書類を送付した。審査の結果支払われると思う。