危険で美味なるもの「油」を減らしたい!










植 物油」 安全神話の崩壊! 仰天の結末。トランス脂肪って何だ

「フライパン運動」の半世紀後 。 今、油まみれの日本

どれくらい消費しているか

      油についての私の記憶
      卵についての私の記憶
      肉についての私の記憶
        乳製品についての私の記憶


食用油製造法の転換

「トランス脂肪」の危険性

今、理想的な油のとり方とは







「植物油」 安全神話の崩壊! 仰天の結末

トランス脂肪って何だ!




「飽和脂肪酸を多く含む動物性の脂肪は危険で、不飽和脂肪酸の多い植物性脂肪は安全」と長らく信じられてきた。
たとえば、バターよりマーガリンが健康にいいと信じている人は多い。
ところがそんな単純なものでないことが最近、明らかになってきた。
もっとも危険な油は「トランス脂肪」だということは、かなり多くの研究で一致してきた。

明確に言えることは、このトランス脂肪は心臓病と血管の問題を引き起こす原因としてきわめて重大な要因だということ。
そのうえ炎症をコントロールするホルモン(プロスタグランディン)の製造を狂わすようで、慢性的な炎症の原因としての可能性も大きく指摘されている。
ということは今、流行のアトピー性皮膚炎や、クローン病、その他治りずらい慢性の炎症が大流行だが、それらにも何か関係が深そうだといえる。
また科学者は、様々な重篤な病気というのは慢性炎症の結果として起こると信じている。
その中には潰瘍や癌、動脈硬化、卒中、緑内障、骨粗鬆症、又、タイプ2の糖尿病等が含まれているというから、まるで現代人の病気の大部分に、このトランス脂肪が関係してくる。

そもそもトランス脂肪とは何なのかというと、金属の触媒に水素が存在する環境で、液体の植物油を熱する事によって生まれる油で、それらはコレステロールを含まず、例えばマーガリンやショートニング、偽の卵、コーヒーのクリーム等に入れられているという。
それらとは別に、食品を加工する工場やファーストフードの会社は不飽和植物脂肪よりも水素添加された油を好む。何故なら水素添加された油は室温で安定しており、長持ちし、高温の揚げ物をしてもあまり変質しないからだ。
多くのスナック類にも、ハンバーガーにも使われている可能性が極めて大だということだ。
それだけでなく、市販のボトルに詰められた食用油にも量はまちまちではあるけれど、含まれているという報告もある。
今の搾油精製法に問題があり、ある程度できてしまうともいわれている。
  (マフェトンリポート    http://www.nco.co.jp/MR10/MR10transfat.html   を参照)

これでは植物油は安全どころか、諸悪、諸病の元凶とさえいえる話だ。







 「フライパン運動」の半世紀後 
 今、油まみれの日本



いつからか我々日本人は、油を摂らない食事は考えられないほど、油漬けになってしまった。

昭和30年代中ごろ、まだ戦後の色合いの強い北海道の片田舎で私は少年時代を過ごした。
町の電気屋の店先に宣伝用のテレビが置かれた。
日高山脈を越え、遠く離れた札幌のテレビ塔からの電波を直接受けるためには、とてつもなく高いアンテナが必要だった。
そんなアンテナでも画像は、「砂の嵐」どころかまるで小豆粒ほどもある「石ころ嵐」のような画面で、当時人気絶頂の「栃・若対決」を見たものだ。
かろうじて「若乃花」と「栃錦」の輪郭が分かる程度の画像だったが、テレビを見た生徒を中心に、学校は興奮の坩堝になったものだ。
私たちが「石ころ嵐のテレビ」にさえ興奮していた頃、日本は大きく曲がり角を曲がったようだ.

自民党の一党支配が始まった昭和30年に「栄養改善普及運動」というものが始まり、食生活の“近代化”と称した闇雲の「洋風化」が政策的に強要された。

そのバイブルとなったのは林髞=慶応大学医学部教授が58年に出した『頭脳』という本で、そこではこう書いていた。

「せめて子どもの主食だけはパンにした方がよいということである。大人でもできればそうしたいが、日本は農業立国の国であり、米を食わないとなると血の雨が降らずにはすむまい。だから、そういうことはこわくていえない。大人はもう、そういうことで育てられてしまったのであるから、あきらめよう。しかし、せめて子供たちの将来だけは、私どもと違って、頭脳のよく働く、アメリカ人やソ連人と対等に話のできる子供に育ててやるのがほんとうである」

有名な米食=低脳論である。


当時の超一流の学者が真剣にそう考えていたとしたら、今、感じるのは白人に対する情けなく恐ろしいほどの劣等感だ

またその2年後に中山誠記という人が出した岩波新書『食生活はどうなるか』には、

「動物タンパク質の摂取量は、たとえばアメリカの5分の1にすぎない。しかも内容的にいうと、日本人の食べている動物性食品のうち55%は魚に頼っており、畜産物は牛乳20%、肉と卵がそれぞれ12%に過ぎない。これに対して外国の場合は、動物性食品の大部分が畜産物なのである。……日本人の食生活水準は、何故このように低いのであろうか。その原因の1つは、明らかにわれわれ生活全体の貧しさにある」 とある。

こういう考えに基づいて、農林省の生活改良普及員や厚生省=保健所の栄養士が、「脱脂粉乳入りキンピラ」とか「牛乳入り味噌汁」とかを推奨して歩いたり、もっと油を摂れということで「1日1回フライパン運動」キャンペーンを展開したりした。

さいわい「脱脂粉乳入りキンピラ」とか「牛乳入り味噌汁」は定着しなかったからまだよかったのだが、「1日1回フライパン運動」キャンペーンは、当時の日本人、ことに農村の主婦や共稼ぎが普通になりつつあった都会の若い主婦を中心に急激に普及定着することになった。

フライパン運動が成功した最大の理由は、油を使うことで料理が美味くなったこと。
油が含まれないと「おいしい」と感じない傾向は、今や世界中の民族といってもいいようだ
私が度々訪れる世界の最貧国の一つのパキスタンでさえ、油の消費は激増中で、それから派生した健康、経済、外貨準備金の大赤字など、全て国家的な問題になっている。
ちなみに、私の友人のパキスタン人の家族は(7人)、週毎に1ガロン(4リットル)の粗悪な植物油を消費していた。
油の消費量を心配して、他の調理法を薦めてみたが「油が入らないと味がない」と感じるらしい。
きっと、多くの日本人にも同様のことが起きているのだろう。

日本でフライパン運動が大成功した原因をもう一つ上げれば、世の中すべてが合理化を求め始めた風潮にあり、過重労働に苦しんでいた主婦にとっては、「油を使えば簡単にお料理ができる」ということで、願っても無いことのように受け入れられたのだ。
つまり、油をつかうことで調理の時間が短縮され、しかも家族からは「おいしい」と喜ばれたのだから、定着しなければむしろ不思議ともいえるのかもしれない。

半世紀近く前に上に記したものを書いたり旗振りをしていた人たちは、とっくに自分らが蔓延させた生活習慣病で命を落としているに違いないが、それにしても、50年前までの日本には余りなかったいろいろな病気を“普及”させ、身体どころか精神のバランスも上手に保てない子供たちを“育てて”、それをただ莫大な医療費を注ぎ込んで延命治療して長寿国だと言っているこの惨憺たる有様には、行政としても医学界・栄養学会としても戦争責任を引き受けてしかるべきではないか。


戦争に負けたことよりも、日々なし崩しに続いてきた食文化の崩壊の方が、日本にとっては致命的かもしれない







どれくらい消費しているか




油抜きの食生活は想像するのも困難という人も多くなってきた。
なにせすでに戦後50年以上を経過して、戦後世代がとうに人口の半分以上、更に高度経済成長期に生まれた人々が、人の親になっているのだから飢餓の時代や貧しい時代を知る人々はめっきり減ってきた。

特別の日「ハレ」の食べ物の記録というものは探せば結構あるのだが、昔の日常の食べ物、「ケ」の食事を調べることでは大変苦労する。
一体、我々の親たちの時代と比べ、油はどのくらい多く使われているのだろうか。
「5万人を救った防ガン策」の著者、中村有vさんはこう記している。




 -脂肪類は戦前の7倍以上!
 -卵類は12倍以上!
 -肉類は13倍以上!
 -乳製品に至っては、実に23倍以上!
 -精糖類はデータ不明ながら数十倍!



戦後の10年間ほどは、すべてにおいて戦前のレベルに戻らなかったから、この数字は、昭和30年代まで適用できると思っていい。

前述したがそれ以降に日本人は、大きく食べ物を転換したのだ。
私の子供時代は「てんぷら」などは、ご馳走中のご馳走で、お祭りか法事でもなかったら食べなかったと記憶する。










油についての私の記憶



思い返すと、わたしの子供の頃には、使った揚げ油は、次に揚げ物をするまで大切に保管されたものだ。
母はテンカスや材料のかけらなどを布巾か網で漉して、真っ黒に汚れたブリキの容器に移し変えていた。
そして何度も加熱してくたびれ果てた油でさえ、チャーハンや野菜を炒める「炒め油」に使った。決して油を捨てるなどということはなかった
まるで、戦時中の「石油の一滴、血の一滴」という標語の食用油版のようだった。

今は、使用済みの食用油の処理が問題になっている。
年間およそ100万トンの食用油が使われ、そのうち40万トンが捨てられている計算だそうだ。
下水に流すと汚水処理に膨大な経費がかかり、自治体を苦しめているのだ。
その廃油を何とか車のジーゼル燃料にできないかという試みをしている人たちもいる。

「なーんだ、7倍か」と思わないでほしい。
この脂肪類というのは、純粋に分離されている油、つまり食用油やバターのことだ。
中村有vさんの示されたことは、本当にすばらしい!
よく考えてみると、油といっても何も分離されている油だけが全てでない。実は卵も肉も乳製品も分離されていない油を含む食べ物なのだ





卵についての私の記憶



卵は病気でもしなければ、食べれなかった。
小学生の図工の時間に「来週はモザイクを作るから卵の殻を3-4個もってくること」といわれた。
私は、困った。
我が家では、滅多なことで卵など食べれないから、学校で必要だからといって親に頼むことも子供心にはばかられた。

通学の途中で通る床屋の店先に並べた植木蜂に卵の殻が並べられていたのを思い出した。
当時は、ちょくちょくそういう風景を見たものだが、あれはカルシュームを肥料として与える方法だったのだろう。
苦肉の策として、床屋の主に頼んでみた。
渋々、何個か貰えたが、図工の当日やはり卵の殻を持ってこれなかった生徒が半分近くはいたろう。
貧しいのは、我が家ばかりではなかったようだ。

それが今は、40年以上前の価格とおんなじだから、改めて驚く。
今は「ニワトリ」ではなく「箱トリ」と呼んであげなくてはならないほどに、飼育方法が変わり気の毒だ。
とても健康的な鶏の一生とは思えないから、卵だって昔とは大いに違いそうだ。

我々の購入する卵では、ワクチンを製造できないそうだ。
一つは無精卵、もう一つは飼料に大量に混入される抗生物質が残留するためらしい。

卵の黄身はほとんど脂肪の塊だ




肉についての私の記憶



北海道は今でこそ牛肉の産地だが、当時は牛自体は「食べもの」という感覚がなかった。
これは私の感覚だけでなく、この近辺の農家にとって、乳を出し現金収入をもたらす働き手だったから、「食べる」などということはもってのほか、肉屋にも牛肉はなかった。

私が初めて牛のステーキを食べたのは大学生になってからだが、正直言ってあまり美味いとは思わなかった。匂いが乳臭いと感じたからだ。それが今では好物の一つになった。

では、肉は何を食べたかというと、肉屋で買う肉は豚肉だけだった。
毛の残った皮がついたままの豚肉だったが、それもたまにしか口に入らない。
確か紫色だったと思うが屠場で保険所が押したスタンプが残っていて、母親はそこも「もったいないから」とカレーに入れていた
時には酸化した脂のこともある。食べ物を粗末にすることは固く咎められたから、吐き気を感じても涙をこらえて飲み込んだものだ。
そんな肉には今はお目にかかることもないが、中国に旅すると時にそんな肉に出会うことがある。
中国人には白身がご馳走だから、とびきりの客人におごるのだろうが、私は昔の生活を思い出し、涙と吐き気を必死でこらえながら飲み込んだ。

だいぶ前になるが、演歌「浮き草」を歌ってヒットした牧村三枝子が何かに書いているのを読んだことがある。
北海道の炭鉱町で育った彼女が「時々母親が作ってくれたカレーは大変なご馳走だったし、子供だからカレーが大好物で嬉しかった。しかし、歌手でデビューするまでカレーライスは魚肉の「てんぷら(さつま揚げ)」で作るものだと思っていた。家が貧しかったので、母親の作るカレーはいつもてんぷらが具だったから」
それを読んでこちらまでシュンとしたものだ。
たしかに当時の北海道では、さつま揚げのカレーは別に珍しくもなかったものだ。

ほかに肉といえば庭先で飼っていた鶏を、老いて卵が期待できなくなった順番に親戚のおじがヒネて、カレーの具かうどんのダシにされたものだ。
これはほとんど食べるところがないか、あるいは歯が立たないほどに硬かった。
それよりも冬になると、川原に仕掛けた「針金わな」でしとめた野うさぎの方がずっとましな肉だった。




乳製品についての私の記憶



「北海道」とつくだけで、今はブランドになっているくらいだが、実は私は子供の頃に牛乳とバター以外は口にした記憶がない。
チーズもヨーグルトも、生クリームも知らなかった。
バターや牛乳とて、今のようなパッケージされ商品化したものではなかった。
それはある意味ではよかったのかもしれない。つまり本物の味を知っているという意味でだ。

少なくても小学生時代は、時々学校給食で飲まされるアメリカの余剰農産物で援助されたという「脱脂粉乳」以外は記憶にない。
遠い親戚が牛を飼っていて、中学生になったころには何日かに1本、一升瓶で搾りたての牛乳を配達してくれた。
それは今の市販の牛乳とはまったく違った。
何か生臭さと乳臭さ、まさに分泌物という感じだった。
時には草のにおいやニンジンや大根のにおいがすることもある。食わせたもので牛乳はできるとよく分かったものだ。
そのまま飲むことは衛生上よくないからと、必ず加熱させられたが、片手鍋で沸かすと表面に脂肪の皮がはり、ちょっと油断しているとすぐ沸騰し煮こぼしてしまったものだ。あれでは「たんぱく質」も壊れ、今の栄養にもならない牛乳と大差なかったかもしれない。
もっと知識があれば、うまい牛乳を飲めたろうにと、悔しい気がする。

その頃だろうか、だいぶ年の離れた従姉妹が農業高校の教師のところに嫁いだ。
その亭主というのが、当然、教員の免許は持っているのだろうが、従姉妹は「やってることはまるで農家のおやじさんとおんなじなんだから」と愚痴をこぼしていた。
教室で授業などすることがなかったようだ。
常に「つなぎ(オバーオール)」を着て、朝から晩までトラクターに乗って働いていたようだ。

当時の北海道、ことに道東は広大な大地があっても寒冷なために畑作にも不適だった。
その大地は、旧満州を始めとする引き揚げてきた人たちを受け入れたが、何を作れば生きれるのか悪戦苦闘の連続だった。
自治体としての北海道は、ここで酪農に生きる道を見つけようとしていた。
国と連携し根釧原野に「パイロット・ファーム」などの大型プロジェクトも起こした。
そのど真ん中に学校が作られた。
新しい農業人を育てる住民期待の新設の農業学校だったのだ。もちろん酪農中心の。
施設を作る予算で手いっぱいで、教員自らが暗いうちからトラクターで畑や牧草地を起こし、あるいは林を切り開いて実習地を開墾したようだ。
人を教え、生きる道をおしえることは、教員免許だけでできることではない。


そこでは実習として、牛を飼い、バターを製造した。
再生した日本の酪農の現場は、血のにじむ苦労があったのだ。
従姉妹が里帰りする時に必ず、「おじさんに」と、経木の折箱に詰められたバターをいただいたから私も食べれたのだ。
あたたかいご飯にのせて、溶けかけは何よりも美味かった。

それで知ったことは、バターというものは黄色と思っているが、ほとんど白に近いものだ。
厳密にはたしかに黄色みを帯びてはいるが、せいぜいクリーム色というのが本当だ。
今、市販のバターは黄色く着色してあるのだ。何のためかはよく知らないが。

それと市販のバターは塩分が強い。、あれはバターの製造上加えるものだということ。
ちなみに、いただいたバターは実習の失敗作が多かったのか、塩分がまるで感じれないものもよくあった。

こんな具合にバターについては、我が家は特殊な条件だったようだ。




という訳で、私の育った昭和2.30年代は単純に分離された油だけが少なかった訳ではない。
油を含む多くの食品で、今では考えれないほど少なかった、いや正確には無かったといっていい
のだ。
私の育った北海道はこのころ毎年のように冷害だったために、それからの立ち直りもあって「戦後」が払拭されたのは他の府県からは相当に遅れた。

だから単純に 「脂肪類は戦前の7倍以上!」という数字ではすまないのだ。
きっと10倍は超えることになるのじゃないだろうか。





食用油製造法の転換


油は洋の東西を問わず、もともと神様や仏様の灯明に使われ、やがて一般の人たちの明かりにも使われるようになった。

それが食用にされるようになったのは、決して古いことではない。
日本では幕末から明治にかけだといわれている。
灯明用の油を、より食用に適するように精製をくわえたものが「太白油」「白絞油」とよばれたものだ。
ゴマ、ナタネなどを布の袋にいれ、重しや万力で絞ったりする「玉締め法」という、手工業的、原始的搾油法で作られた。

ところが「フライパン運動」が功を奏した頃から、消費量の増大によりそれまでの原料や搾油方法ではとても追いつかないことになった。

今、スーパーで色々な油の表示を見ると、米ぬか、小麦胚芽はまだ分かるとして、ブドウの種、シソの実、綿実、紅花など馴染みのない「そんなものに油があるのかしら」と思えるような原料からも食用油が作られてている。
また、洋風になったことから、欧米では当たり前だったが、日本ではほとんど使われることの無かった、オリーブ、ヒマワリなども今の日本では一般化した。

搾油原料が非常に多岐になった理由は、消費者のグルメ志向もあるが、元々は消費の増大によって、搾油業者が、世界中から油の絞れそうな穀物、農産物をかき集めなければならなくなったこともある。幸い日本経済が順調な発展をしたために、円が強くなって、入手はさほど困難ではないために、ありとあらゆる油原料が海を渡って入っている。

業者は、せっかく手にした原料からは、「一滴たりとも無駄にしない」という、世界の最新で高度な搾油法にどんどん更新した。
経済の効率、合理性からは当然認められることなのだが、問題は「我々は油についてよく知らない」のに、どんどん進んでいったというところにある。
合理的な搾油法とは、どんな方法かというと、各搾油メーカーも肝心なところはノウハウとして企業秘密にしているが、原理的な部分だけで考えても、私には危険な気がする。

一つは、高温高圧の元でなければ、今の技術はなりたたないということ。
もう一つは、どこにあるのかも分からないようなごく少量の油でも回収するためには、溶媒つまり油を溶かす化学物質を使用するという点。
要するにペンキをシンナーで溶かすように、ヘキサンという化学物質で原料中の僅かの油も抽出しやすくし、あとで加熱してヘキサンを先に蒸発させて回収し、それは何度も使うという搾油法がごく一般的なのだ。

その上、もともと不安定な不飽和脂肪酸の多い植物油の油分子を、何とか安定させて、変質やいやな匂いを出さなくするために、自然界には決して存在しない油を作り出した


この油を「トランス脂肪」というが、分子同士の結合で二つの水素原子が二重結合の反対側となるように手を加えた油であり、比較的安定した結合であるため室温でも固体に近い。

その代表が、マーガリンであり、脂肪分子に水素原子を加えることにより、トランス型脂肪に変形されたもので,その結果融点が上がり、室温においても固体を維持するようにしたものだ。

「水素添加作用」というこの作用は、金属触媒を用い、約260度の温度で処理され,シス結合のおよそ半分がトランス形に変換される。この過程で触媒の金属(主として,ニッケルとアルミ)が混入することがあるともいわれている。
水素添加により作られた油は、自然に存在する油とは違い,すぐに腐ったり、嫌な臭いを出したりしないため、広く普及することになり今でも加工食品に大量に使用されている。
マーガリンは、常温に放置しても長時間カビも生えないし、虫などにも食べられることがない。つまり、もはや食品と呼べないものと判断しても良いのではないだろうか。

この「トランス脂肪」の危険性については別に述べた。





「トランス脂肪」の危険性





トランス型脂肪は自然界には存在しないために、身体はそれをどう処理したらいいのか分からないため、体内では取りあえず一番よく似た自然界にあるシス型脂肪と同じように対応するといわれている。

このためその処理がうまく行かず,毒物として作用したり、細胞膜や他の場所に蓄積されるという本来起こりえないことが起きてしまう
このためさまざまな障害が出てしまう原因となっているという。

トランス型脂肪は,コレステロールを排除する過程で、体の標準的な機能を麻痺させることがあるようだ。
肝臓は通常,血液中のオーバーしたコレステロールを使って胆汁をつくり,それを胆嚢に送り、その後小腸に分泌する。
トランス脂肪は肝臓でのコレステロールの転換をじゃまして,血中のコレステロール濃度の増加を招くようになる。
さらに,「アポリポ蛋白A」という心臓病に関係する物質を増加させることもあるという。

低密度リポ蛋白質(LDL、つまり悪玉コレステロール)の増加と、高密度リポ蛋白(HDL=善玉コレステロール)の低下を招く。
LDLは悪玉コレステロールと言われ、動脈硬化の原因の一つであると広く言われている。
HDLは善玉コレステロールと言われ、心臓のシステムをLDLから守るのを助ける働きがある。
つまり動脈硬化や心臓病が起きやすくなる

更に恐ろしいことは、トランス脂肪は炎症を引き起こすホルモン(プロスタグランディンE2)の促進と、反対に炎症を抑える働きのホルモン(プロスタグランディンE1、E3)の抑制作用があることが分かってきた。 
このため、体内に炎症を引き起こす要因をつくり、簡単には治癒しない深刻な事態を招くことになるという。
病気は時代と共に変化するようだが、ここ2.30年に出てきた新顔が、トランス脂肪が原因といいきる研究者もいる。
実際、プロスタグランディンは多くの新陳代謝の機能を制御しており,ごく僅かな量がアレルギー反応や,血圧、凝血、コレステロール値,ホルモン活動,免疫機能,炎症反応などに関して重要な影響を与える

このように,トランス型脂肪は、飽和した動物脂肪よりも重大な問題を起こすことが指摘されている。
つまり、マーガリンよりはバターの方が安全だということだ。

トランス型脂肪の問題はここ15〜20年前の間に知られることになったが、米国では大部分の問題が無視されている
しかし、ヨーロッパにおいては食品規格で規定され、0.1%以上含有することを許可していない国もあるが、米国では30から50%もトランス脂肪を含んでいても問題にされていない。
日本の厚生省は、いつものようにアメリカの模様眺めというところなのだろう。

トランス脂肪はマーガリンだけに含まれるのではない。
「水素添加」とか「部分的に水素と化合して」と記された食品は全てトランス脂肪を含む。
パン、菓子類に使われるショートニング、生成された植物油などなど、製造工場においては、こんな便利な油はないから、あらゆる加工食品に使われている可能性が高いのだ。







 今、理想的な油のとり方とは




昭和30年代、実は日本人は油に関しても理想的だった!


1977年、アメリカ議会のマクガバン委員会により「望ましい食生活の目標」が決められた。
当時の日本の栄養摂取状況は、この目標とする数値を十分達成していたのだ。 
それまで日本人自身が「貧しさ」(コンプレックス)のバロメータとさえ思っていたいた日本食、「日本型食生活」が、世界の最新の栄養学で一躍評価された。
これは驚きを持って迎えられたが、林林髞=慶応大学医学部教授や中山誠記氏が述べたように、「貧しさ」から日本人は、いやいやでも米を主食にしてきたのだろうか?
私には、とてもそうは思われない。
絶対に、おいしく、健康にもよく、環境的にも、あるいは経済的にも、結局総合的に「米」に勝る主食は無いという判断、コンセンサスがあるのだろう


科学万能、科学信奉の文化人が、分析科学で得たほんの一部の知識で断ずるほど、人間の食という問題は薄っぺらではない

縄文以来、日本人は連綿とこの列島という環境で、何を食ったらいいか長い長い歴史と人体実験を繰り返し、手にした「食文化」は、薄っぺらな科学の一分野でとらえられるものではなかろう。

米の摂取量は、次第に減って来てはいるが、米を主食として食べる生活には変わりはなかった
変化は、副食に限られていたのだ
結果として、日本人の穀類と芋・でんぷん類からのエネルギー比率は1985年で43.4%を保ち、欧米人のそれと比べて高いものとなっていた。 
この副食の「都市化」に伴い、それまでの日本人の食生活で問題となっていた「食塩の過剰摂取」と「動物性食品摂取の少なさ」は解消された
多種多様な副食物の摂取がこれらの問題を解決することになった。 

多種多様な副食物の摂取をこれほどまでに短時間に慣れることができた理由こそ、日本人の食文化のルーツを解くカギではないか、と思うのだ。

中山誠記氏は
「動物タンパク質の摂取量は、たとえばアメリカの5分の1にすぎない。しかも内容的にいうと、日本人の食べている動物性食品のうち55%は魚に頼っており、畜産物は牛乳20%、肉と卵がそれぞれ12%に過ぎない。これに対して外国の場合は、動物性食品の大部分が畜産物なのである。……日本人の食生活水準は、何故このように低いのであろうか。その原因の1つは、明らかにわれわれ生活全体の貧しさにある」 と嘆いていた。

問題の油は、今どう考えても摂取過剰なのだが、これら動物性蛋白質はいずれも脂肪を含む食品だ。
その半分を魚にたよっていた、ということは今では「何とも、羨ましいかぎり」のことだ。
それらの多くは今では供給に苦労するオメガ3の油の供給源であったろうし、私の思い出でも述べたように、植物油の摂取だって今から考えると極端に少ない。
『貧しい』と嘆かれた日本の食生活は、オメガ6とオメガ3がうまくバランスできる状態だったのだ
確かに、おかしな今流行の病気はまるで知らなかったではないか。

それに、あまり問題にされないが、かっての日本人は海草を随分食べていた。
魚にオメガ3が存在する由来は、実は植物プランクトンがそれを有するからだが、油などあると思えない海草も、大事な供給源だったのだ。
日本人は海の恵みを、実に巧みに利用した民族だと感心せざるをえないのだ。

その海草が、近年、食卓に上らない家庭が多いというが、これは一考を要する問題だ。




油はどうしたらいいのか?


では油はどうしたらいいのだろうか。

「こんなうまい食べ物を危険だからといっておいそれと止めれるだろうか」
「油で取り込まなければならない栄養だってあるんじゃない?」

確かにそう思う。
油の危険な情報は今、溢れるほどに出てきた。
それをそのまま受け入れて食生活に生かすとなると、実に味気ない食事になりそうに思える。
ことに主婦にとっては、油を使わない調理を思い出すことすら嫌気がさすかもしれない。
しかし、現実は「油が健康を害してる」多くの事実が出てきたのだ。
油によって人類は滅ぶかもしれないのだ。


私も、油とどう取り組んだらいいのかしばし考えたものだ。
ホームページや安全な食生活を提唱する本を読み漁りもした。

提唱されている安全策には、いくつかの傾向がある。
「安全な組み合わせを図れば大丈夫」という説は、一見ホッとする。
これまでの生活をあまり変更しなくてもいいような、何か安心できるような気になる。
つまり必須脂肪酸(体内では作れないから外から絶対に取り込まなくてはならない油)であるオメガ3とオメガ6を均等にすれば、最悪の問題のプロスタグランディン関係は解消される。

それに「油にはそれぞれ長所と短所がある。それをよく理解して安全に使えばいい」という説。
これもあまりネガティヴにならなくてよさそうで、つい採用したくなる。

しかしだ。
バランスも絶対必要なんだが、問題がある。


今の使用状況でバランスさせるとなると、鱈腹取り込んでる植物油(オメガ6)と同じ量の魚の油(オメガ3)を、これ以上加えることができるの
第一、人間が油を消化できる能力は、人類誕生以来それほど変わってはいないはずだ。
でんぷん質や蛋白質に関しては、それぞれ2つの臓器が消化酵素を分泌する形になっているのに、油に関しては、胆嚢から胆汁が出るだけだ
これは、そもそも人類の長い歴史上、こんなに油を食った過去がないという証拠だ。
考えてみると、つい半世紀弱前までの人類の歴史は、肉や魚、あるいは豆に含まれ、分離しない形の油しか取れなかった訳で、元々、人間は瓶に詰まった純粋の油を食うなどということを想定した仕組みなど持っていないのだ。
それに、200海里以来、魚だって急激に減って、おいそれと増やせるわけでもない。

「安全な組み合わせを図れば大丈夫」という説は、とても魅力的ではあるが、それは学問上での話で現実的ではない。
しかし、学問上で知りえた知識は生かさねばならない。
オメガ3とオメガ6のバランス問題は、どんな方法で解決できるだろうか。

私の思いつくことでは、潤沢に使っているオメガ6、つまり植物油を、オメガ3でバランスできるところまで減らす以外に道はないように思う。
まず、それが第1だ。
それには大量にオメガ6入り込む「揚げ物」を制限することが、もっとも効果的だ
油そのものの絶対量が下がれば、バランスもさせ易いというものだ。

そして、積極的に魚、ことに青身魚を食べることだ。



「油にはそれぞれ長所と短所がある。それをよく理解して安全に使えばいい」という説を考えてみよう。

次はあるホームページから転載させてもらった資料だ。


大豆油
酸化されやすいが味もよく、食用油の代表
なたね油
大豆の次に大量に消費される。熱や酸化に対して強いので、大豆とブレンドされる。
こめ油
唯一の国産植物油。ビタミンEが多く、栄養的にもすぐれ熱安定性が強い。ビタミンEが多く、風味もよく熱に強い。
ごま油
特有の香りがあり、熱にも強く安定性がある。高価。
サフラワー油(紅花)
リノール酸が一番多い。
ひまわり油
サフラワー油に次いで、リノール酸が多い。
オリーブ油
特有の香りとうま味で古くから利用されている。

                       

(「食品表示がわかる本」増尾清著/健康双書 より)
使用するときに注意するのは、サフラワー(紅花)油やヒマワリ油などは天ぷら油としては向いていないということです。これらには血中コレステロールを下げる作用があるリノール酸が多く含まれていますが、リノール酸は熱に弱いのです。これらはサラダ用に使いましょう。とあった。


問題はこれらの特徴を上手に生かすのはいいことだが、そのためにはどんな絞り方をされたかによって意味がなくなりそうだ。

前記したように、今は多くの油が近代化学工場で、実に不思議な工程、とても食べ物を作っているとは思いたくないやり方で搾油しているのだ。

どんな油も高温高圧を加えると酸化する。
油は酸化が命の食べ物だ。
体内で油が酸化するということがなければ、エネルギーとしての燃焼が起きないが、体外で酸化した油をとりこむことは、毒を食べるようなものだ。

「余りにも不自然なもの」から絞るというのは、必ず「ヘキサン」のような溶媒のお世話にならなければ作れない

多くは穀類、種に含むのが油だが、ごく自然の形で材料から滲み出すような油、それがおそらく最も理に適った油ではないかと思うのだ。
なぜなら、種や穀類は命のある生命体だ。
その生命体から、自然の形で滲み出すような油が、種や穀類の生命や健康を脅かす訳がない。
出たくない、出したくない油は、空気に触れると酸化が激しく、種や実の生命に危ういから、奥の奥にしまわれているはずだ。
それを無理やり「ヘキサン」を使って、搾り出すやり方は自然の生命の合理性に反する。

昔から使ってきた油は、搾油が簡単だったから使われてきたのだ。
それ自体、自然に滲み出すほど豊富だ。
長い経験、人体実験の結果でも、特別な問題が感じれなかったから伝わってきたはずだ。
マーガリンの例もある。
いくら便利で、安価であっても「歴史の無い油」は止めた方がいい。
たとえ保守的といわれようが、食べ物に関してはそれが安全だ。


日本では、ナタネ、ゴマくらいだろうか。
それも太白油とか白絞油という伝統的な絞り方の油にしたほうがいい。
オリーブ油もヨーロッパでは長い経験のある油だから、一応安全としよう。
しかし、現地での搾油方法が確認できない。
今ではおそらく他の植物油と大差ないはずで、昔ながらの家内工業的な玉締め法であればOKだが、確認のしようがない。
明らかに、「旧式の搾油法」というオリーブ油が、自然食品店などにはあるが高価だ。
日本でも小豆島あたりはオリーブ油の産地で、輸入品とは比べ物にならない質のよいものがある。
もっと利用したいものだ。


それに油を使わなくてもできる調理法を採ることだ。
日本は伝統的な食文化に、実に多くの調理法がある国だ。
主婦に限らず、男だって大いに学んだらいい。
油の問題を解決できる、最短距離に日本はいるのだ。
世界が必ず、見習う日がくる。




まとめると

1.に植物油を減らすために『揚げ物』を極力減らす。
2.に青身魚や海草をもっともっと取ろう。
3.昔から使ってる伝統的な材料の油を、旧式の搾油法で。
4.伝統的な食文化の調理法を活用しよう。



ということになるのだ。




植物油」 安全神話の崩壊! 仰天の結末。トランス脂肪って何だ


「フライパン運動」の半世紀後 。 今、油まみれの日本

どれくらい消費しているか

      油についての私の記憶
      卵についての私の記憶
      肉についての私の記憶
        乳製品についての私の記憶


食用油製造法の転換

「トランス脂肪」の危険性

今、理想的な油のとり方とは

油はどうしたらいいのか?






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