生命力に変化なし 江戸の人口と今の食料自給率は同じ!
農薬や化学肥料、ビニールハウスなどの施設、それにコンバイン、トラクターなどの大型機械。
今の農業はかってのお百姓さんのやってきたこととは大きくかわりました。これらによって、誰しもが飛躍的に食料の「生産量」が増大したと思っていることでしょう。
おそらく数量的な増加は間違いないことです。
しかし、この日本の大地が賄える「生命力にはたいした変化がなかった」ということも一方の事実なのです。
かっての日本は、狭い国土にもかかわらず、自給自足で稠密な人口が養われた事は、史上希なことであり、奇跡的ともいえるほどです。
日本の風土を知り抜き徹底的な「循環型」の農業が営まれた結果でした。
専門家によると、「関が原の戦い」の直後も江戸の末期も日本の人口は、3000万人と推定されています。
変動がなかったことが不思議に思えることでしょう。
決して子供が生まれなかったわけではありません。
「子殺し」「間引き」という、悲しい人口調節の暗い文化があったからです。
貧しくても、できるものはできました。産児制限のための避妊もありませんから、望まずにできた子供たちがたくさん沢山闇に葬られていったという歴史があります。
親も可能なら育てたいと思ったことでしょうから、ぎりぎりの選択でもあったろうと思います。
その結果は、日本の風土で養いえる人口は、3000万人だった、ということでしょう。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog024.html
今、日本の食糧自給率は、いくつかの統計があるのですが、大雑把に見て30%ないしそれ以下のようです。
人口1億2000万人として、日本の国土で養っている人口は3600万人ということになります。
北海道は江戸時代はまったく放置されていましたから、その分の増加程度が増えたに過ぎないともいえます。
結局のところ大発展したように見える農業も、生命力を養うという観点に立つとまったく変化がないようです。
大地に降り注ぐ太陽エネルギーの缶詰が食料なら、当然土地の面積が増加しないかぎり、生命力をふやすことは土台無理なことなのでしょう。
増加した食料は、なんになったのか。
結局のところ、形だけの増加、水で薄められた食料なのかもしれません。
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