海草は「ミネラルの宝庫」
日本人にとっては重大な意味を持つ!









日本の特殊条件 「慢性的カルシューム不足」  山が険しく雨で流出する大地のミネラル
野菜や果物で洋風化を決めると、『完全なミネラル不足』になる
エーゲ海やアドリア海はきれい ! しかし海草はあるのだろうか?
かって日本人はどうやって不足するミネラルを補給したのだろう  現代人が忘れた食品 「海草」
海草の凄さ!  
  1にミネラルの豊富さ
  2に食物繊維の宝庫 胆石すら分解する効用
  3に「オメガ3」の油源  海草が植物性プランクトンになって魚に貯まる
コンブロードは北海道から沖縄、そして中国大陸へ 日本一昆布を食べる人々・沖縄県人
海草の摂取過剰は 甲状腺に悪い  では、どうすればいいのか






日本の特殊条件 「慢性的カルシューム不足」
山が険しく 雨で流出する大地のミネラル


日本の土壌はどこもカルシュームがほとんど無いか、全く無いかだ。
またマグネシウム(苦土)も極端に少ない。

日本は火山列島で、しかも急峻な背骨のような山脈が、いずれの島にもある。
その上、モンスーン地帯。はずれとはいえ、雨が多い。

火山地帯の土壌は元々カルシュームが少ない。更に地形と雨が土壌中の僅かなカルシュームを、長い年月をかけて洗い流した。
そのせいで飲み水だけは、どこより美味く安全ではある。

農家はいま化学肥料とともに、炭酸カルシュームと硫酸マグネシウム(苦土)の投与が欠かせない。これらミネラルを土壌に加えなくては作物がうまく育たないのだ。

コーカサスの国々やパキスタン、中国の奥地、タクラマカン砂漠のオアシス町など、長寿地帯の田舎を歩くと、塩の大地にぶつかり、「まさか、雪?」と面食らうことがある。
そして、こんな塩だらけの大地で人が生活できること自体が不思議に思えた。
ところがそれらの土地に住む人々は、概して健康で長寿だから、更に驚く。、

塩の噴き出す大地で、安全な飲み水を確保するために、もちろん大変な苦労はある。
灼熱のタクラマカン砂漠の人たちは、天山山脈の雪解け水を僅かでも蒸発させないようにと、随分な昔から地下水路(カレーズ)を掘って確保してきた。
カラコルム山中のフンザの人々は、地下水路こそ作らないが、7000メートル級の山々の氷河の雪解け水を、水路によって確保している。






タクラマカン砂漠のカレーズ




上:土漠の中に列になって点在するカレーズの掃除穴

左:オアシスの村の中ではカレーズは明渠になる。





ところが、そんな大地で実においしい果物や野菜にであう。
タクラマカン砂漠のウイグル族はブドウとハミ瓜が自慢だ。フンザはアンズこそ命の泉と信じているほどだ。
長寿地帯はどこも特産の果物があって、それぞれ「長寿の秘訣」とその果物の名をあげるが、日本ではどうなんだろうか。
沖縄や長野は長寿県だが、果物やミネラルが関係してるのだろうか。

長寿地帯の野菜や果物は、実に濃厚な味だ。
どう違うかというと、日本の果物や野菜は形は立派だが、何か水っぽく感じる。
果物の美味さは断然ミネラルの違いによるのだろう。

ヨーロッパやユーラシアの大陸の人たちが、野菜や果物で取り込むカルシュームやマグネシュームを、島国火山国のわれわれ日本人は、ミネラル皆無といっていい野菜や果物で、どうやって補給したらいいのだろうか。

健康に感心の高い人ほど『だから、牛乳やヨーグルト』と信仰にも似た思いで乳製品に執着するが、どうも私の調べたところでは、牛乳及び乳製品は日本人にとって、いや有色人種にとっては『害こそあれ益は少ない』ようなのだ

これは実に困った問題だ。






野菜や果物で「洋風化」を決めると、
『完全なミネラル不足』になる




近頃は太ることを嫌ってダイエットに野菜と果物だけで済ます若い人たちも多い。
あるいは海外で生活して、洋風の食事に慣れて野菜や果物中心の食生活をする人も増えてきた。
果物や野菜が健康に良くない、というのではない。
外国では何の問題も起きないものが、そのまま日本では通用しないこともあるので、心配なのだ。

ここまで読んでくださった方はその危険性が何かは、ご理解できると思うが、「ミネラル不足に陥る」危険だ。
ヨーロッパはミネラルが溶けすぎて水が悪いからワインが発達した。
日本ほど安全で水の美味いところは無い。
海外に行くとつくづく感じることだ。
それだけ日本の土壌には、水に溶けたミネラルが少ないということだろう。

飲み水としては、湧水や良質の地下水を消毒しただけの水が一番うまく、次にうまい水は汚染されない上流の河川水や、伏流水などを原水とし、自然の浄化作用によって浄化した水といわれている。

水をうまくする成分としては、第一にミネラル分がある
ミネラル分とは硬度の成分であるカルシウム、マグネシウムをはじめナトリウム、カリウム、鉄、マンガンなど水中に溶けている鉱物総量のことだが、この量によって水の味が左右される。
ミネラルは多くなると苦み、渋味、塩味などを感じるようになり、反対にミネラルが少なすぎる水は淡白でこくのない味になる。

ベストなミネラルの量は1リットル中に30〜200ミリグラムを含む水で、中でも100ミリグラムぐらい含む水はまろやかな味がするといわれている。





富士山の伏流水:忍野村



エーゲ海やアドリア海はきれい ! 
しかし海草はあるのだろうか?



去年の春、南トルコの海岸をローマ時代の遺跡を巡りながら旅した。
日本にはあまり馴染みがないが、エーゲ海やアドリア海に面するこのあたりは、リゾート地としてヨーロッパ人にはよく知られた一帯だ。
さすが、海のきれいなことで一度で魅了された。

海水は世界中どこであろうが「単にしょっぱいだけで同じじゃないか」と、私はうかつにも考えていたものだが、完全に違う。
よく考えてみると、日本周辺でも太平洋の「黒潮」と私の住む北海道の岸を流れる「親潮」は確かに色合いが違うし、オホーツク海になると「しょっぱさ」さえ違うと、潜りが趣味の知人がいっていたのを思い出した。

海中遺跡の「シメナ」は、いつの時代か地震で没したローマ遺跡(つい3年前トルコ大地震があった)だ。
トルコも日本などと並ぶ地震の常襲地帯だが、海水がきれいなため水中の遺跡の細部まで見える。
水が透き通っているのだ。
どうしてこんなに透き通ってるのだ?と、不思議に思った。

ボドルムに泊まった時だ。
ボドルムはトルコ人たちも憧れる随一のリゾート地で、ホテルのすぐ直下はエーゲ海の磯浜だった。

ホテルの部屋から階段を何十段も海を見ながら降りると、岩が重なる浜辺にも遊歩道が作られ、散歩には最適だ。
やがて、日本の海と何か違うと気づいた。

爽やかな潮の香りはするが、磯臭さがないのだ。
磯の岩の間には澄んだエーゲ海の水があるだけだ。
日本ではどこの海岸でも見る、打ち上げられたり、波に寄せられた海草の固まりが微塵もないのだ。
それがエーゲ海についての私の発見だった。

トルコ人は結構、魚食い人種で、イスタンブールでは「シー・フードレストラン」が名所になっているが、そこの魚たちはほとんど黒海の出身だという。
黒海の方は魚が豊富だそうだが、エーゲ海やアドリア海は魚資源は豊かではないという。
その理由は海草の存在にあるようだ。

日本の海は見た目はあまり透明感がなく、磯の香りがして流れ藻などが分解した植物性のプランクトンが豊富だ。
エーゲ海やアドリア海は、まさに「貧栄養」なんだ。
おそらくその原因は海草が育たないからだ。

魚を寄り付かせるためには、磯が焼けちゃだめだ。
磯がやけるというのは海草が死滅することだ。
海草がないと、海の生物の循環が成り立たない。
函館の近くの日本一の昆布の産地で、昆布が育つためには森を守らなくちゃならない、と聞いた。
森から昆布の生育に必要な栄養が流れ込むのだという。

同じような話は三陸の牡蠣の養殖漁家もいっていた。

かってエーゲ海やアドリア海の周辺の陸地は、美しい森に巨木があったという。
古代ローマ人たちが占領し、奴隷によって森は切り払われた。
ローマ人の風呂好きは遺跡にもしっかりその跡を残しているが、森はそのローマ風呂の燃料にされたそうだ。
当時のエネルギー源は森の樹木だったから、森が無くなればさしものローマ文明も消滅したそうな。
身につまされる話だ。
それ以前は、エーゲ海やアドリア海は、今と全く違う海だったろう。

今でも北トルコは鬱蒼たる森が豊かに残るが、その森から川が流れ込む黒海はその名の通り、黒々としてすこし憂鬱になる海だという。
その森が豊富な魚たちを育てているのだ。




建物の壁らしきものが見える古代ローマ時代の
海中遺跡「シメナ」

グラスボートから見た海中遺跡には器やスプーン
などの食器も見えるという。






かって日本人はどうやって不足するミネラルを補給したのだろう
現代人が忘れた食品 「海草」





今も昔も日本の土壌がミネラル不足だとすると、昔の日本人は一体どうやってミネラルを補給していたのだろう。

野菜や果物があてにならなかったのに、かっての日本人が、華奢で骨が弱く、いつもいらいらして怒りっぽく、肝臓や腎臓の機能が悪く不健康だったというようなことは、少なくても国民的な傾向としてあったとは思われない。

明治の初めにやってきたお抱え外人教師のベルツが、当時の日本人の勤勉さや健康さに驚いて記録をとどめているが、その中にはむしろまったく反対の日本人像が読み取れる。

当時と比べたら、牛乳や乳製品はお話にならぬほど摂取しているし、果物や野菜だって季節を問わずふんだんに食べているはずだ。なのに、ミネラルが関係しそうな症状が、今やオンパレードといったところだ。

ちょっと転んだだけで骨折する児童が多く、体育の授業さえ「びくびくもの」の学校現場だというし、キレル子供たちのこともよく話題になる。
そんな世代が成人して、まったく理由や動機のはっきりしない凶悪な事件が、いやというほど続発している。
また、「うんこ座り」という情けない呼び名の休憩ポーズや、地べたに直接べったり座り込むことすら平気になってしまった若者たちだ。
足だけは良く伸びて背は高くなったが、これを短命化への警鐘だと訴える人類学者もいう。

全部ミネラルのせいだとは思わないが、何か大切なものが失われて、営々と築いてきた日本人の体質のよさが、大音響を立てて崩れていく姿に思えてくるのだ。

かっては毎日の食卓に、必ず一つくらいは乗ったはずの海草や魚が、急激に食卓から後退してしまった。
魚は、公害による海の汚染や、200海里問題から高級品になり、消費しずらいのは分かるが、海草が激減した理由はなんだろうか。

私の前のパソコン(fmV・ウインドウズ95)の漢字辞書には「海草」が無かった。
「改装」「回想」「階層」などは出るのだが、あれほど日本人に馴染んできた「海草」が出ないのはショックだった。もう「死語」の部類なんだろうか。
学校給食にもほとんど出ないらしい。
知り合いの養護教師によると、子供たちが残すから取り入れずらいらしいが、大体家庭でも食べたことが無い子が増加しているのが実態だ。
若い子に「海草」を説明して、どうして嫌いか聞いてみたが「ダサい」の一言だった。

歴史的には大化の改新時代に租庸調という税制が本邦初めて取り入れられた
勿論、先進の中国に倣った制度であったが、その中に海草が税金として通用していたこともあるようだ。
全部が食料になったかどうかは疑問のあるところだが、というのは漆喰壁の糊材としても海草の粘着性はきわめて有効だから、あるいは役所の建築等に使われたものかもしれないからだ。

しかし、海草を食べる食文化がつい最近まで、しっかり根付いていたことは少し年配の者なら誰でも知っていることだ。

その海草は、森から流れ出る有機質とカルシュームやマグネシウム等のミネラルをふんだんに取り込み、日本の周囲の海岸は海草の宝庫だったろう。

陸の作物で取り込めなかったミネラルを、日本人は海の野菜、すなわち海草によって補っていたのだ。






海草の凄さ!



1に ミネラルの豊富さ


海の野菜とも言われる海藻だが、ミネラル、ビタミン、食物繊維が沢山含まれ、いろいろな病気の予防に役立ち、大変優れた栄養食品である。

     カリウム:高血圧予防、
     マグネシウム:動脈硬化予防、
     カルシウム:骨の強化、
     ヨード:甲状腺機能の強化
     ビタミンA:夜盲症予防、癌予防、
     カロチン:動脈硬化予防、
     ビタミンB2:糖尿病予防
     ビタミンK:止血作用、骨粗しょう症予防、
     食物繊維:大腸がん予防、各種成人病その他いろいろの成人病予防に効果的

     味覚異常などに関与すると言われている亜鉛などの微量元素も含まれている。

現代人のあらゆる体質問題に関わっているかよく分かる。
海草だけで「全てが解決できるのじゃないか」と勘違いするほど、魅力的な食品なのだ。




2に 食物繊維の宝庫 胆石すら分解する効用


日本人として、海草を利用しない手は絶対にない。

何度か訪れたパキスタンに胆石患者が猛烈に多いのに驚いた。
国民病といえそうな勢いだ。
原因は悪質の食用油の多用と、食物繊維の不足と思われる。
元々それほど油を多用する調理法ではなかったはずだが、英国の植民地時代に入った調理法が広まり、それが完全に受け入れられて、今ではどんな山奥でも油なしでは料理にならないようだ。
国民食のカレーの具がすべて一度油で炒められ、更に油そのものに香辛料が加わって具が戻される、という念のいった使われ方で、さすがのカレー好きの私でも油にヘキヘキだ。

ナンやチャパテイーの小麦粉が、昔は精白しない「ふすま」ごと粉にした全粒粉が使われていたものが、今では真っ白な精白粉が普通になった。

我々の知識としては、胆石を手術せずに溶かす特効薬として「ふのり」がある。
「ふのり」は完全な食物繊維でそれ以外は何の栄養にもならないが、これほど純粋に何の栄養もないとなれば、ある意味ではとても貴重な自然の薬でもある。
事実、摘出を勧められていた胆石が、これで何人も消失したのを見てきた。

そこで「日本にはよく効くものがあるよ」と話すと、ぜひ送って欲しいと頼まれた。

何万分も買って送ったのだが、食文化がまるで違うし、海すら一生見ることもなく過ごす人たちで、もともと海草を食べたこともないのだから、せっかくの特効薬だが、「ふのり」の匂いには閉口するようだ。
それでもスープにして、涙をためながら飲み続けたそうだが。
我々にとっては、何とも好ましい香りなんだけれど・・・・ネ。

そもそも「ふのり」の食物繊維は人間の消化能力では、まったく消化しないものなんだそうだ。
ところがそれが胃から十二指腸に下ってくると、それを分解させようと胆汁が分泌される。
完全食物繊維の「ふのり」だから、半端なことでは消化しないから、肝臓は必死になって更に胆汁を出し続ける。
これを毎日やると「ふのり」が溶かされるのではなく、途中の胆嚢などにあった胆石が溶け出すという仕組みだ。


なぜかというと、「胆石」は胆汁が結晶化したものだ。
胆汁そのものは脂肪酸、つまり油、体内の余分なコレステロールが形を変えて消化酵素として出されたものだ。
一般の油の性質を思い出すと分かりやすいだろう。
固まった油は、それよりも粘着性の低い油でなくちゃ溶けないだろう。水やお湯ではけっして溶けない。
たとえば衣服についたペンキを、ガソリンやシンナーで溶かすように、濃い油は薄い油でしか溶けない。

しかも毎日毎日「ふのり」を食べるから、少々コレステロールが高かろうがついには胆汁も薄まってくる。
薄まった胆汁が「胆石」をとかすのだ。

きっと、「ふのり」が胆石を溶かす理由は、そういうことではないかと思っている。

「胆石が解ける」「コレステロールは下がる」とくれば、「ふのり様様」のはずなんだが、あまり知られてないし、食べられないのだ、これが。誠に残念である。

こういうことを知ればきっと、海草が「ダサい」なんていってらんない、と思うのだが。



3に 「オメガ3」の油源  海草が植物性プランクトンになって魚に貯まる



もう一つ海草で忘れてならない効能は、オメガ3の脂肪酸の供給源になっていた、ということ。

いま、健康問題に関し「油の問題」はどの要素に比べても重要な問題となっているが、一番注目されていることが、不飽和脂肪酸の「オメガ6と3の摂取量がバランスする」ような食事内容を目標にすべきという意見が圧倒的に強くなってきた。

結局のところ、人間は本来雑食性で、何でも取り込む必要があるということを意味しているのじゃないかと、私は考えている。
動物性食品が成人病の敵と目の仇にされてきたが、必須アミノ酸のことをケロっと忘れた議論で、生理機能や自然治癒能まで低下させ、蛋白質不足から若さを失ってしまう結果を招いた。
バターは悪い、植物油からできてるマーガリンが健康にいい、と固く信じていた人々を震え上がらせるようなトランス型脂肪酸の問題が出てくるで、新しい情報に飛びつく人ほど被害が大きい。

結局のところ、絶対いいなどという物はなく、何でも取り込むことからそれぞれの長所短所が相殺できるというのが、雑食性の最大の長所ではなかろうか。
能率だとか効率で考える合理性は、こと健康や生命現象では、取り返しのつかない結果にさえなりかねない。

食文化というものは、長年の経験、つまり人体実験の結果を知らず知らずのうちに、より安全でおいしいものを選択し残し伝えてきたのではないか。
便利で新しいからといって、それが安全かどうかは、そんなに簡単に結論の出るものじゃないのではないか。
食い物に関してだけは、多少保守的でいいのじゃないか、と思うのだ。、

話は少し脱線したが、元に戻してオメガ3の脂肪酸は一般に、「青味魚」に含まれるアルファーリノレン酸などの油のことだが、秋刀魚や鰯に多いこれらの油は、一体、どこに由来しているかを考えてみると面白い。

魚が自分で製造しているのだろうか、それとも餌から入るのか。

元々は、鰯や秋刀魚の回遊魚がえさにする、植物性プランクトンに含まれていて魚体に蓄積するのだが、その植物性プランクトンは、海草が波でもまれ、ちぎれ漂う「流れ藻」などのなれの果てだ。

一見、油なんぞあるように見えない海草が、大切な「オメガ3」の供給源だったといえるのだ。

昔は植物油だってふんだんに使えたわけではないが、それでも日本人の食文化では、大豆の加工食品が実に多いから、味噌やしょうゆ、油揚げ、納豆などから(大部分は分離されない油の形でだが)オメガ6は相当取り込まれたはずだ。
問題になっている「オメガ3と6のバランス」は単純に考えると、一見昔もオメガ6が圧倒的に多そうだと想像しがちだ。

私の知る限りの過去の日本人に、アトピーやガン、子宮内膜症なんて病気は、まったくメジャーな病気には入っていなかった。
今は成りあがって、散々日本人を苦しめているわけだが、その原因にリノール酸などのオメガ6の油が強く強く疑われているのだ。
かっての日本人の食生活で、味噌やしょうゆ、油揚げ、納豆などから入るオメガ6を中和した、オメガ3の供給源が何であったか、その謎解きで私はしばらく考えたものだが、海草に気づいたとき、環境に順応し利用する人間の知恵と経験に、本当に驚いたし敬服したものだ。

日本人が海草に親しんできた裏には、あるいは歴史が書き換えられる必要があるほど重要なことがあるのだ。




コンブロードは北海道から沖縄、そして中国大陸へ
日本一昆布を食べる人々・沖縄県人


昆布はかって、産地の北海道から、遠い中国大陸まで運ばれた貴重な輸出産品だった。
高田屋嘉平のドラマから「北前船」がブームになっているそうだ。
「シルクロード」ならぬ「コンブロード」が日本海から黄海にあったことが注目されだした。

17世紀後半に、河村瑞賢(かわむらずいけん・1617〜1699)によって西廻り・東廻り航路が開発されると、蝦夷地(北海道)の海産物が、江戸・大坂に大量に運ばれるようになった。
18世紀末には、北前船によって蝦夷地から日本海を通って大坂に運ばれた昆布を、薩摩商人が砂糖とかえ、さらにその昆布を琉球の進貢貿易を利用して中国に輸出するようになった。
中国からはそれとひきかえに、生糸・反物・漢方薬の材料などを買い入れていた。
1820年代以降になると、琉球から中国への積荷の70〜90%を昆布が占めるようになった。
これは日本で生産された総量の約10%にあたる。
19世紀の半ばには那覇に「昆布座」が設置される。
「琉球処分」によって進貢貿易が終わるまで、琉球にとっても昆布は重要な輸出品となっていた。

そのように中継基地だったことが、今、沖縄の人の昆布好きの原因になっている。
沖縄でこれほど昆布が食べられるようになった理由をもう少し詳しく述べよう。

そこには,薩摩藩の野望があった。
昆布は江戸時代,徳川幕府の輸出禁制品だった。
海産物は俵物諸色(たわらものしょしき)と呼ばれ,幕府が輸出の独占権を握り,海外への窓口を長崎に限定していたからだ。
しかし,薩摩藩は,富山の売薬商によって北前船で運ばれてくる昆布を,琉球経由で密かに中国へ輸出した。
中国は,ヨードを含んだ昆布を甲状腺腫の特効薬として渇望していたのだ。
薩摩藩は,この密貿易で倒壊寸前だった藩の財政を立て直し,明治維新への原動力のひとつにしたほどだ。

ついでに豚肉は,14世紀に,中国からやってきた帰化人によってもたらされたといわれ,その後,中国皇帝が琉球国王の地位を認めるために遣わす冊封使(さっぽうし)の一行をもてなすために飼育が進んだ。
唐芋(サツマイモ)が普及するにつれて増えていき,明治時代の初めには,全国消費量の大半が沖縄1県で占めらたそうだ。

沖縄料理には,必ずと言っていいほど豚肉と昆布が使われる。
総務庁統計局の調査によれば,豚肉の消費量は全国1,昆布もトップクラス(平成5年総務庁の家計調査報告によれば1世帯当り965グラム)だ。

この沖縄料理に欠かせない豚肉と昆布は,栄養的に抜群に相性が良い。
豚肉が,酸性で高タンパクなのに対し,昆布は,アルカリ性でノン・カロリー。
「旨い」だけでなく「体に優しい」…医食同源とはこういうことをいうのだ。
沖縄県は100歳以上の老人が人口に占める割合が日本一高い県だ。つまり長寿県ということだ。


かなり前の話だが、石垣島へ行ったときのことだ。
カメラメーカー主催の撮影会に参加したのだが、沢山のカメラにびっくりしてか島の人も見物していた。
妻は女だてらに普通より大きな「6x7」という中判カメラを使うので目立つ。
どこから来たかと問われ「北海道」と答えたら、「昆布はもってきたかい」と聞かれてびっくりしたそうだ。
まさか撮影旅行に昆布を持参することなど考えもつかなかった。
沖縄の食文化に昆布が不可欠とはしってはいたが、これほどまでに沖縄の人が好んでいることを感じて驚きもした。












海草の摂取過剰は 甲状腺に悪い
では、どうすればいいのか

日本では海草類のとり過ぎで甲状腺機能低下症になっている人がかなりいる。
海草に多く含まれるヨードは甲状腺ホルモンの原料だが、慢性甲状腺炎の人の一部にこのヨードをとり過ぎると甲状腺ホルモンが作れなくなる人がいる。
過ぎたるは及ばざるがごとしだ。
この場合には、海草を食べないようにするとまた甲状腺ホルモンが作られるようになる。
どれくらい海草を控えるとよいのかについては、専門医は、昆布だし、昆布を控えるのみでよいといっている。
しかし、昆布だしの場合、ダシの引き方に問題があるのじゃないか、と私は考えている。
正しく「一番だし」を引くならば、沸騰寸前で昆布を上げるから、ヨードはそれほど溶け出さないのではないか。

ノリ、ワカメ、寒天などは毎日食べてもいいらしい。。
昆布に含まれるヨードは他の海草類と比べて非常に多いためだという。
ヒジキはノリ、ワカメ、寒天などに比べてヨードが少し多いですので、毎日は摂らない方がいいともいっている。

私は、海草について「毎日同じ海草を摂るのはやめよう、しかし毎日、何かを摂ろう」と主張している。

日本は海に囲まれているので、日本でとれる食物を食べていれば、いくら海草を控えてもヨードに関しては、不足には絶対にならないそうだ。


kinokoya’homepege 「温故知新」表紙へ
このページのコンテンツ・トップへ
「森の精」のBBSページ
ご意見ご感想をMAILいただければ幸いです。




すべてのコンテンツを読了くださり、ありがとうございました。