”すきすきイルカ”ホームページ(http://www.t3.rim.or.jp/~kimuemi/)
服部綾乃さん撮影
| 人類学では、ヒトの誕生の地は「アフリカのサバンナ」というのが定説ではある。 しかし「森」に住むサルから分かれした数100万年前、サバンナに出てきた「あるサルの仲間」が我々の先祖だといわれ、この枝分かれした直接の化石人類はいまだ発見されていない。 そのためにサルとヒトとの関係は、「失われた鎖=ミッシング・リング」だともいわれている。 「森のサルから分かれた後サバンナに出た」という説では、「解けない謎」を人類はいくつも秘めていると指摘する人々がいる。 たとえば、謎の一部は次のようなことだ。 森によって、直射日光や夜の寒さから守られていた「体毛のあるサル」が、なぜサバンナに出て裸になる必要があったのだろうか。 暑さ寒さが森より厳しいサバンナでは、むしろ体毛がある方が有利なはずなのに、ヒトはどういう訳か体毛を退化させてしまったことになる。 サルは他の陸の動物の多くと同じように、内臓周辺に脂肪を貯える(喧嘩や外敵によって歯で噛み付かれても、このためせいぜい皮膚の外傷だけですむ)が、なぜヒトは分厚い皮下脂肪をつけるようになったのだろうか。 陸上の哺乳類の中では、ヒトだけが喉の構造が著しく異なり、気管と食道が接近し、まったく特殊な、あるいは進化論では無意味にしか思えない構造になったのは、一体どういう理由からだろうか。(しかし、この構造のおかげで、言葉を自由に操れるようにはなったそうだ) 一部の学者は、これらの矛盾を一挙に解決できる方法として、「森から出たサル」は、いきなりサバンナに出たのではなく「海、もしくは水辺」に住んだとする「アクア説」というのを打たてた。(アリスター・ハーディー、マックス・ヴェシュテンハーファーら) これは常識を完全に覆す、ショッキングな学説だ。 「直射日光や夜の寒さから、木々によって守られていた毛のあるサルが、なぜ、サバンナに出て裸になる必要があったのか」は、森から出た場所がサバンナではなく、「水中」ならば、「泳ぎのためには体毛の抵抗が少ないほうが有利」だったはずだし、「ヒトが分厚い皮下脂肪をつけた」理由も、「水中」では「保温と浮力」のためにもってこいだ。海に棲む哺乳類のイルカや鯨も分厚い皮下脂肪がある。 「ヒトだけが喉の構造が著しく異なり、気管と食道が接近し進化論ではまったく無意味にしか思えない構造」こそ、水中生活になくてはならない重要な能力を生む。その能力とは呼吸をコントロールできることだ。 常に陸上に住む動物には、呼吸をコントロールする必要はないが、「水中」に棲むには、呼吸をコントロールできることが最大の適性だ。 鯨やイルカは何分間も息をとめれるから、水中生活ができる。 ヒトは、鯨やイルカと同じように、上顎部の筋肉によって、気管をピタリと閉じれる構造になっているため、呼吸をコントロールできる。 この呼吸のコントロールが、複雑な発声を可能にしたというのだ。 「アクア説」派は、単純にサルの兄弟にしては、あまりにも違いすぎる「ヒト特有の謎」が、ある時期「海」に棲んだとするならば、みごとに解決できると主張している。 しかし、この説は、あまりに常識からかけ離れているために、論評することで自分の学問的地位を危うくする可能性を秘めているため、まだ多くの専門家はダンマリ、あるいは無視を決め込み、市民権を得るまでには至っていない。 ヒトの故郷をサルの時代にまで一気に溯り、「森がふるさと」と主張してきたが、永年の人間の食べ物研究の結果は、森の食べ物だけでは解決のつかない問題を含んでいる。 ある時、海に住んだ一時期があったという説を知って、もしかしたらこの説で、いくつかの説明のつかなかった食べ物の問題が解決できそうだと、興奮したものだ。 一つは、油の問題。 そしてカルシュームの吸収に、なぜかマグネシウムが必要なわけ。 これらの問題は後で検証しよう。 いずれも人間だけの非常に特殊な問題で、これらはアクア説に立つと、よく説明がつくのだ。 科学というものは、合理的な検証を加えることが、最大の武器であるはずなのに(最近は少し変化が見られるが)長い間、専門家達はこと「アクア説」に対しては、むしろ非科学的な、感情的な姿勢に終始していた感じだ。 実に興味深い本がある。 「アクア説」を取り上げたものだが、エレイン・モーガン著「進化の傷あと」(どうぶつ社)という一冊だ。http://webclub.kcom.ne.jp/mb/dbs-co/tosho/hon_html/sinkanokizuato.html まったく常識を覆す新しい説がでてきた時に、科学者がどのような反応をするか、実に興味深く述べている本だ。 |
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柳田国男は注目していた!
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| 「ヒトは海に棲んだ」とする説で思い出されるのは、民俗学の柳田国男の「海人族」の研究だ。 | |||||||||||||||||||||||
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| 海女のルーツが『「神の系譜」と等価の関係にあるのだ』と、竹内さんは述べているが、慧眼だ。 |
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| 日本だけでなく海女に類する人々は、韓国・済州島から広く東南アジアに見られるし、タイの海洋少数民族「チャウレ」は一生を小船の上で寝起きし、素潜りで漁労する漁民ですが、現在、タイ政府は定住化政策を進めているので、近いうちに彼らの生活も普通のタイ人と同化するだろう。 柳田は昭和の初めにこの研究を始めているので、アクア説の先駆的な研究といえるかもしれない。 また、南方熊楠も海洋文化の観点から「人魚伝説」を新聞に発表したことがあり、これが風紀びん乱で罰金刑を受けたようだ。 今の私には「森」と「海」の食べ物が、ヒトの今日を形作った理由に思えるのだ。 「森」も「海」も、ヒトの誕生に深く関わった大切な場所にも関わらず、どんどん破壊され、今、最大規模の環境問題になっている。 森に生まれたヒトの末裔は、熱帯雨林を破壊し一酸化炭素を増加させ、海洋汚染、そして温暖化を進め、地球そのものを大きく変貌させてしまった。 熱帯雨林の破壊は、「文明による強奪」が原因だ。 そして身近な森と林も、都市化や、ゴルフ場、農業生産の場へと急激に開発された。 長い間、森や林が果たしてきた真の姿を知ると、底の知れない不安を抱かずにはおれない。 本来、森に誕生したヒトが、この先、森や林の存在しない地球で、生きながらえることができるのだろうか。 |

イトマキエイの群泳
| 今や食生活といえば、すべて油まみれの食文化になってしまった。 昔のような極端な油不足の食文化に戻ることは、日本人のみならず多くの民族でも躊躇するだろう。 何が何でも油を減らすとなると、「産業、経済の仕組みから変革しなければ不可能ではないか」と考えるのは、私ひとりではないだろう。 味覚という点では、それくらい魅力的な食材だ。 油についての研究はやっと今始まったばかりの状況で、人々の「油志向」や、企業による新製品の開発は、ハンドルもブレーキも効かないない車のように、生産拡大の方向で突っ走ったままだ。 研究は始まったばかりではあるが、それでも常識を覆す報告がいくつも出てきた。 それらはまだ修正を加えられる可能性は秘めているわけだが、一考する価値はある。 「植物油は安全」と固く信じられてきたのだが、それほど単純ではないことが明らかになりつつある。(反対に動物油が危険と見られてきたが、これも当然修正の必要が出てきた) 最新の研究によれば、危険だと思われていたバターやラードは、すでに酸化が一段落ついたある種の安定した油で、その危険はすでに理解している範囲内であるのに対し、これまで酸化が進んでいないために「安全性が高い」とされてきた「不飽和脂肪酸」の多い植物油が、ある意味では未だ酸化の途上であり、この先「更に酸化が進行する可能性のある油」で、最悪の場合は最も危険な「過酸化脂質になる油」という認識に変わってきた。 つまりその未酸化部分に、「活性酸素」(最近、危険性がよく分かってきた)がついた場合は、安全どころか、最も危険な油になるのだ。 理想的な植物油脂を採るための原料は無限にあるわけはなく、消費が増大すれば、かっては油原料として不適とされていたものからも、加熱、加圧、溶媒の利用などの化学的な方法を用いて「新たに」作られるようになった。 原料が単に植物であるというだけで、内容は昔の植物油とはまったく異質のものになった。 「新たに」作られたことで、かってはこの世に存在しなかった全く未知の油と、我々は遭遇するということにもなったのだ。 油原料の多くはオリーブなどの木の実や穀物だったが、消費の増大により、より原料を無駄にしないことと、食味をよくする搾油、精油法が求められ、今では高度な化学処理技術まで行って、うまい油の量の確保に向かっている。 この化学処理技術は、油の分子構造を変化させる方法も含んでいたのだ。 ここに大変な「質的転換」の原因がある。 今ではごく普通の搾油精製の過程でさえも「トランス型脂肪酸」という、自然界にはまったく存在しない油が少量だができる。 驚くことにこの油は、信じがたいことだが「永久」に酸化しない。 そのためこの油、つまり「トランス型脂肪酸」を大半も含む「マーガリン」は、たとえ室内に何年放置しても腐敗もなく、虫も寄らない。 食油製造会社や流通業者には、この上なくありがたいものだが、変質しない、いやな匂いを発しないということで、消費を何倍も押し上げてきた。 しかし、これは油本来の姿からは、はるか遠くかけ離れた「怪物」になっていたのだ。 トランス型脂肪酸については「トランス型脂肪酸」が「クローン病」の原因といわれ、デンマークなどは発売禁止になった。 ヨーロッパの多くの国では「トランス型脂肪酸」の含有量に何らかの制限を設け規制しだしてる。 しかし、アメリカ農務省や同国の心臓学会が警告を発しているにも関わらず、アメリカと日本ではまったくの野放し。 (「危険な油が病気を起こしてる」J・フィネガン著今村光一訳・解説中央アート出版社) 事実、欧米でもマーガリンやその他の植物油の安全神話が流布して以来、バターやラードの時代よりも心臓病が多発、死亡率が上昇し、研究者を長らく困惑させてきたが、今や「植物油」の危険性を訴える報告が続々と出始まった。 特にリノール酸は、ヒトの栄養としては、体内で合成することのできない必須の油であるにもかかわらず、活性酸素によって激しく酸化され、多くの現代病を作り出す「過酸化脂質」の元になる危険な油だという報告が多い。まさに「諸刃の剣」なのだ。 我々は、油を上手に使うために、周到な使い方の学習が必要になったようだ。 洋の東西に関わらず「絞って分離した油」は最初、「明かり油」として使われていた。 油を食用に用い出した歴史は決して古いことではない。 油を「明かり油」として使うのみの時代には、人類は油を摂っていなかったわけではない。 穀類や木の実自体として、あるいは肉類として一緒に脂肪分を摂ってきたわけで、揚げ物、炒め物の独立した「食材」として利用する場合とでは、「油の特性」が加熱により大きく変化するという事も、問題を複雑にしている。 油が酸化することは、確かに変質を引き起こし、流通、保管の上では不便で、困る現象ではある。 しかし、体内においては、酸化があるからこそ燃焼によってカロリー化するわけだ。 これが体内においても酸化しないとなると、一度取り込んだ「トランス型脂肪酸」などは、消えることなく永久に体内にとどまることを意味する。 これは大変なことだ。 エネルギーとして燃焼する以外に、油は体内でどのように利用されるのかを思い出してみると、皮下脂肪として貯えられたり、ホルモン、免疫の原料にされる。また女性では、皮下脂肪が解けて母乳として分泌する。 因果関係を証明することは難しいが、これらトランス型脂肪酸が含まれる植物油の消費の増加と、一定のタイムラグを持って重なる「ホルモン異常」「免疫異常」の増加は、無関係ではないだろう。アトピー、アレルギー、ガン、子宮内膜症なども、右肩あがりの増加傾向を示している。 それらと油の消費量が連動していることは実に不気味だ。 油が原因のすべてではないにしても、重要なファクターであることは間違いないといわざるをえない。 今、我々には確かに「油はおいしくて危険」なものだ。 この問題は、避けては通れないし、最も早く解決を求めたい問題だ。 |
| 油の専門家の意見では、「不飽和脂肪酸のオメガ3とオメガ6をほぼバランスして摂取する」ことが、望ましいとされている。 専門家の根拠がなんであるかは知らないが、ヒトの起源から考える「アクア説」をとるならば、このことはとても納得できるのだ。 オメガ3とオメガ6を、いくらバランスよく摂りたくても、実は陸上の食べ物だけでは、とてつもなく困難なのだ。 陸上にはオメガ6の原料は豊富にあるのだが、一方のオメガ3を含む植物の種類は極端に少ない。 「一体、どうやって生活すればいいのだ!」と嘆きたくなるほどだ。 モノの本では、地上ではほとんど唯一といっていいほど「亜麻」の種に(日本ではエゴマもそうらしい)オメガ3はあることにはなっているが、亜麻という植物を日本人の多くは見たこともないはずだ。 亜麻のある地域では、それをオメガ6と同等に使えるだろうが、それらの人は極限られる。 ヒトはどうして、そんな入手の難しい油を必要とするようになったのだろうか。 今ですら困難な問題を、昔の人はどうやって解決し長生きしたのだろう。 いったい、何故、我々が理想とする油の組み合わせは、こんな難題をつきつけてくるのだろうか。 オメガ3と6がバランスできない地域は健康的な生活などできなかったはずなのに、人類は増え続けた。 地上のオメガ3に限って述べが、実はなぜか魚や海草は、オメガ3を含むものが多い。 日本は幸い海に囲まれた島国だから、魚を主な蛋白源としたために自然に解決できたのかもしれない。 幕末から明治初期に訪れた外国人の中に、江戸の庶民が小柄にもかかわらず健康状態が大変いいのにひどく感動している報告(ベルツ、ハリス等)がいくつもある。今思うと、当時の江戸の民衆は、文明国の人々には理解できなくても、少なくとも自然な理にかなった生活だったはずだ。 民族によっては(海から遠くはなれた地の人々)、きっと原因の分からない困難な問題が多くあったろうと想像される。 その例の一つに中国内陸部で甲状腺腫は難問だった。 その特効薬として北前船が「昆布」を大量に運び、中国への輸出品になったし、薩摩藩が琉球経由で抜け荷(密輸)をし藩財政を立て直した経緯もある。 「ヒトはどうして、そんな入手の難しい油を必要とするようになったのだろうか」 結局、納得できそうな答えは一つしかないようだ。 ヒトの発達のある段階で、相当な期間、この組み合わせで油を取り込める環境に棲んだのではないだろうか。 この事から、まったく荒唐無稽に思われそうなアクア説は、私の場合、ひどく身近に感じられることになった。 オメガ3は、かっての日本人には大量に摂取できた油だ。イワシやサバ、サンマなどの大衆魚に含まれる油がそれだ。 アルファーリノレン酸とかエイコサペンタエン酸とか呼ばれているが、回遊魚の青身魚に多い油のことだ。 確かに魚が重要な蛋白源だった時代は、少なくても今のような不健康は無かったか非常に珍しかった。 オメガ3が青身魚に豊富ということは、彼らがえさにする植物性プランクトンにその源があるわけで、有難いことに日本人は海の産物の利用では、世界でも有数の民族だ。豊富なノウハウもある。 オメガ6は穀類、木の実から豊富に摂れる油だから、現在では不足することはまず考える必要はない。 海を持たない内陸の人々、特にヨーロッパでは、オメガ3をどうやって確保したかというと、今ではまったく店頭で見られない亜麻仁油が供給源だった。 この油は猛烈に酸化が早く絞りたてを使う以外になく、常温で3日もすると腐敗し悪臭すら放つ。とても大量消費時代の一般の流通経路には乗せれるしろものではない。 ところがこの油が、今、オメガ3の問題から、欧米では注目されている。 日本人は幸いなことにこの点は、まだまだ海産資源が豊かで解決は楽かもしれない。 |
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