江戸の循環型社会を支えた「雑木林」
その影に深く残る縄文の知恵










日本列島に住んだ人々の歴史を振り返ると、縄文時代は、まったくの原始の森が覆い尽くす「緑なす島々」だったはずだ。
縄文人は「狩猟採集民族」といわれ、イノシシ、シカなどの大型の獲物を求めたようにイメージしがちだが、最近の三内丸山遺跡の発掘を見ても、大きな集落や貝塚の存在から考えて、けっして「山の生活」中心の人々ではなさそうだ。
貝塚は縄文人のごみ捨て場ではあるが、近頃の研究では交易品としての貝の加工場に付属したごみ捨て場ではないかと見られている。
縄文人の狩猟の中心は、むしろ「漁労」だったようだ。
縄文人の流れを汲むといわれるアイヌの人々は、本来はサケなどの魚を追った漁労民で、かっては広く東日本全域に住んでいた。あるいは遠く九州遠賀川に残る鮭神社も、もとはアイヌ系の人々の神様だったのかもしれない。
アイヌの人たちから想像するに、縄文人が海洋系の人たちだったとしてもまったく不思議はなさそうだ。

「稲」を携えて縄文人を駆逐した弥生人の時代から、森は徐々に破壊され、可能な所はすべて田んぼに取って代わり、江戸時代の中期には、当時の技術でほぼ飽和点を迎えた。
しかし一方では、田んぼにならない山や丘陵地の森や林は保護され、縄文以来の記憶としての神聖にして侵してはならない領域でもあった。
近年、沿岸の漁業が不漁になって再び見直されるようになった「魚つき林」は、文明の影で忘れられようとしていた縄文以来の知恵だ。
今、その復元によって、沿岸に魚が戻ってきつつある。

狭い国土にもかかわらず、自給自足で稠密な人口(江戸末期3000万人と推定)が養われた事実は、史上希なことであり、奇跡的ともいえることだ。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog024.html

古代文明の多くがバックに豊かな森林を擁していたはずだが、樹木を燃料に切り出し、やがて資源の枯渇から、都市を放棄せざるを得なかったと指摘する学者もいる。
日本は90%が山、残り10%の土地に3千万の人口を擁すことを可能にした最大の理由は、当時世界最大の都市「江戸」が、徹底した循環型の社会だったことと、後背地の武蔵野に雑木林があり、更に東京湾の豊かな海産物によって賄われたことにあるだろう。

この「循環型社会」は、今、研究者の熱く注目するところだ。
江戸の市民の人糞や木灰を、肥料として近郊農家に還元することで成り立つ食料生産は勿論のこと、炊事、暖房、産業用の燃料のエネルギー供給源として、「里山」と呼ばれる集落付近にあった二次人工林の「雑木林」のお陰であり、海の生物をも潤す社会だった。

この雑木林には大きな秘密がある。
切り株から新しい木を再生産(萌芽更新)するナラ、クヌギが、雑木林の主人公だったからだ。
それが江戸の「循環型社会」を支えれた主人公であろう。
ナラ、クヌギなどの「どんぐり」のなる木は、切って20年もすると元の立派な木に成長し、再び利用可能になるからだ。
このナラ、クヌギを薪炭に利用したことは、おそらく縄文以来の、我が国固有の誇るべき知恵ではないだろうか。

日本は「コメ」を作る農村集落社会になっても、「鎮守の森」「産土の神」「魚つき林」を大切に守ってきたわけだが、これらは縄文の感覚を色濃く残して今日にまで及んでいる。
「稲」を持ち込んだ渡来人や弥生人も、それらは尊重されてきたのだろう。
征服された縄文人も、外から持ち込まれた便利な文化は取り入れたが、先祖の知恵を大切に伝え、その結果江戸の「循環型社会」がなりえたと考える。

この『里山再生産型エネルギー構造』は、実に長く昭和の敗戦後の石油による燃料革命まで存続したものだった。

しかしネルギー革命以降、山は荒れるに任され、真剣な取り組みが必要になっている。




「ミクロコスモス」の森こそ生命力の原点

縄文は弥生に比べ原始的というのが、長い間通説になっていた。
しかし青森県「三内丸山遺跡」の発掘は、その通説を覆すものだった。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog134.html

狩猟採取文化はせいぜい「家族単位で集落は作らない」と考えられていたのだが、高度な技術力や、計画性を持って作られた集落と呼ぶにはあまりにも立派な町並みの遺構が出たことで、この先、縄文文化そのものの概念に変化があるかもしれない。
今は集落を作った縄文人の社会性が、俄かに注目を集めている。

しかし、近世以降の日本をよく見ると、里山に雑木林を作り守り、豊かな森の産物を利用する伝統は根強く、森と共に生きた「健康な人たちの知恵」は、多少の変化はありながらも、生き生きと伝わってきたように思える。
それは、可能な限り「自然と共生する」文化に他ならない。

今、あらゆる面で、自然との共生が求められている。
科学文明が進めば進むほど、人類単独では生きれないことが、よく分かった結果だ。
しかし、自然との共生は苛酷でもある。
自然は相性のいい相手ばかりではない。弱いところにつけむのも自然だからだ。
自然は、だからこそ長い間、畏怖されてもきたのだ。

我々は科学文明を手にした時、自然に対する畏怖、畏敬の念をどこかに忘れてしまった。
「もう恐れる物はない!」と。

確かに沢山の恵みを与えてくれる森や林の自然、しかし苛酷でもある大自然で、縄文人は、どのように力強く健康的に生きれたのだろうか。

ヒトの長い歴史の時間の中では、野生動物や外敵とも戦わなければならなかったろうし、病原菌に負けることも決して珍しくなかったろう。しかし、負けてばかりいた訳ではなかった。

森は微生物の宝庫だ。1グラムの朽ちかけた落ち葉に、数億の微生物がいるということも珍しくない。
その中には、ヒトと同じ環境を好み、求める物が同じ微生物もいる。
生命体は、過酷な環境になればなるほど、生存する可能性が高まることなら、驚くような相手と、手を結び共生することもある。
自然界には驚くような共生関係があるものだ。

「ヒト」とヒトの誕生した「森のある種の微生物」との共生は、自然界では不思議の無いことかもしれない。
そんな共生の関係は、おそらくヒトが森に誕生した初期から作られてきたのだろう。
それらの共生が成功したからこそ、今日までヒトは繁栄の道を歩めたのかもしれない。

それは、まず「腸内細菌」という仲間作りだった。
たとえば森の栗を、初めて食べたヒトに起きたことを考えてみよう。
栗を食べるリスやネズミを見て、ヒトはあるいは真似たのかもしれない。
やがて動物達と先を争って栗を集めた事だろう。
実は、リスやネズミやヒトがおいしい栗を『見落としてくれないか』と期待し待っている、全く別の生き物、栗の大好きな「微生物」がいる。

腐るもの、つまり有機物には、どんな物にもそれを好む特定の微生物がいるものだ。
微生物がモノを腐らせるのは、自分が生きるために必要な栄養を取り込むために、発酵や腐敗と呼ばれる分解作業をするのだ。有機物は腐ることで、また土にもどって養分が循環し、次の命になる。
栗の豊かなでんぷん質は、多くの微生物にとってもごちそうだ。
特に天然の酵母は栗の実が大好きだ。

ここでは栗の大好きな微生物を、仮に「クリ菌」と呼ぶことにしよう。

ヒトや動物に見落とされて、しばらく時間が経った既に「クリ菌」がついている栗を、ヒトが知らずに食べることもよくあることだろう。
しかしその微生物の存在は、クリ菌が特別に有害な毒をもっていないかぎり、ほとんど気づかないでしまう。
私たちの自覚のあるなしにかかわらず、ヒトとクリ菌とは手を結び、クリ菌を腸に住まわせ、栗の一部を提供したとしても、栗を分解してもらうことで(腐敗も発酵もまったく同じこと)、消化が楽になり、ヒトにとっても生きるために有利に働く。
あらゆる有機物に対応して、特有の微生物が存在し、色々な物を食べる動物ほど、自然に腸内細菌の種類は多くなる。

ある食べ物に菌が付着することで、時にはよい香りがして食欲をそそったり、よりおいしくなることや、長持ちすることを発見し、積極的に菌と仲良くすることに磨きをかけることも、生存のためには大きくプラスになったはずだ。
日本人の場合、酵母、麹菌、納豆菌、乳酸菌、そしてキノコ類との共生を、森に棲むヒトは自然発生的に習得したものだろうが、微生物と互いのギブ&テイクの関係は、麹、味噌、醤油、酒という食文化として発達してきた。

森はヒトも含め互いにプラスにしあう大きな生命体であり、小さな宇宙『ミクロコスモス』ともいわれる所以だ。

森はヒトの食料になる植物や木の実の宝庫で、またそれらの大好きな微生物の宝庫でもあるわけだ。

今、健康な人には免疫の働きがある。
森のようにこれほど大量に微生物がいて、しかも益をするものと、害をするものとが混在していると、これをうまく峻別できなくてはならない。
自分と違う生き物だからというだけで、毎回「拒絶反応」を起こす訳にはいかないのだ。

共生の仲間の微生物は勿論、害のないものには作用せず(不感作)、「本物の敵」にだけ反応する能力は、森ではとても重要な能力だ。
この事は大切なことではないか。
これは腸内細菌の豊かさによって身に付けた能力だろうし、森に住む以上欠かせない能力だったに違いない。



未来に影を落とす「抗菌グッズ」の意味

今、「抗菌グッズ」という物が大流行りだ。
シャモジ、まな板、布巾は分かるとしても、シャツ、パンツ、靴下などは少し行き過ぎではと思う。
ところが学用品にこれが溢れていると聞いて、改めて調べると鉛筆、消しゴム、下敷き、鉛筆ケースなどなど、ほとんどのアイテムに抗菌商品があった。
どうして、こんな物に抗菌効果が必要なのか、そして何故売れるのか、最初はトンと合点がいかなかった。
家に来る小学生に聞くと、どうもこれを持つことで「いじめ」の対象から除外される「免罪符」になっているらしい。
子供たちの「いじめ」の対象としては、一番が「不潔」ということだそうだ。
実際には不潔でなくても、不潔なイメージがあると狙われる。
そこから連想される「バイキン」のアンチテーゼである「抗菌」シールが、集団に受け入れてもらうために「何がなんでも必要」ということらしい。

今、子供たちに限らず、菌とか虫を現代人はひどく嫌悪し臆病になっていると感じるのは私の偏見だろうか。

かっては、お腹にいない子がないほどだった回虫は、いつごろからかまったく死語になり、学校での検便はなくなった。
回虫の専門家の藤田紘一郎さんは「回虫がいなくなったせいでアトピーが出てきたのでは」と書いていた。
開発途上国の回虫保有地帯では、確かに私もアトピッ子を見た記憶がない。
悪さをすると思っていた回虫も藤田さんによれば、多少の貧血はあるとしてもほとんど害がないそうで、むしろヒトの役にたっていたということのようだ。
人類にとってもっとも身近なペットみたいな回虫も、先進国では、農薬や、化学肥料、添加物や医薬品の過剰投与が原因なのか、まったくパンダ並みの貴重さだという。
あるいは回虫も寄り付けないほどに、私たちの腸の環境は悪いのかもしれない。

カイワレダイコンで大騒動になった「O−157」や、ある種抗生物質を過剰に使った結果、普段どこにでもいる黄色ブドウ球菌にすら免疫力を発揮できなくなり、命にも関わる「MRSA」(病院内で大発生)など、おかしな病気が異状に現れはじめた。
ヒトの誕生以来、一緒に生活してきて別段困った問題を起こすことのなかった、それらの菌や虫まで排斥された結果が、こんな現実を生んだようだ。
我々の生活が、無菌化あるいは、菌のバランスがひどく崩れた状態になったために現れた現象と、専門家は指摘している。

どうしてこんな馬鹿馬鹿しい状況になってしまったのだろうか。
私には、社会全般に蔓延している、ある傾向が気になる。

       人間以外、好きでない。
       仲間以外は認めない。
       自分以外は存在として認めない。

学校、職場でのいじめ現象。無抵抗な弱者に対する暴行暴力。信じられないほどに残忍な犯罪、。
こんな事がはびこる世の中では、古代ローマ帝国が滅んだように、我々も内部から崩壊するのではと、暗然たる思いだ。

昔、畑でミミズを見つけ、遊び半分で靴で踏みつけたのを、父親に見咎められ「どんなものも何かの役にたっている。ミミズが作る土のおかげで野菜が取れるのに、遊び半分でミミズを殺せば、いずれはお前が食べる物が無くて、困ることになるのだ」と、諭されたことを思い出す。

「どんなものも何かの役に立っている、無意味なものはない」ことを、もう一度考え直すために、身の回りの自然を見直すべきではないだろうか。











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