2006年1月
31日 大谷亨道議会議員新年交礼会(町内)(助役が出席)
30日 高齢者福祉計画・介護保険計画策定審議会、池本道議新年交礼会(町内)(助役が出席)
29日(日 技能者協会新年親睦会(風邪のため助役が出席)
28日 帯広浦幌会(帯広市・風邪のため助役が出席、一日中寝ていました)
26日・27日 政務用務のため上京しました
25日 15年5月に発病し今月22日になくなった同級生の葬儀に参列し弔辞を述べました、こみ上げてくる感情を抑え詰まりながらも努めて冷静に読もうとしましたが「最後のおわかれ言葉」で抑えきれなくなり最後は声になりませんでした、「町長の役目を十分に果たせなかった」と反省しております。11月23日に自宅を訪ねたときはベットを起こし水を含みながらしっかりと話しておりました、17年7月の同期会(彼が会長)では日帰りながらも奥さんの送迎で病気をおして出席し私たちが心配するほど遅くまで話し込みました、次の同期会までみんなと再会を約束していたのですが残念です。浦幌町では有為な人材がみな早世しているような気がします。15年4月の地方選挙に私が突然出馬したので彼に迷惑かけました、選挙運動初日に市街を遊説中に私は左足に肉離れを起こし左足がつけなくなりました、「これで運動できない初日で終わってしまった!」と思いましたが彼は私の足をきつくテーピングしアイスパックを入れて冷やしてくれました、2日目・3日目と毎朝誰よりも早く選挙事務所に来てテーピングしてくれます、予備のアイスパックも用意していただき何となく私の足は選挙期間中持ってくれました。彼が私の選挙事務所に出いるすることは微妙な立場だったと思いますが「同級生が困っているのだから」とそれを通していただけました、5月末に入院したのですからきっと体調も悪かったと思われます。
町長予算査定が一応終わりました、職員・住民に浦幌町の財政事情がよくわかっていただいております、私の手をつけるところはほとんどありませんでした。
浦幌町職員管理職協議会新年会が町内の飲食店で開催され、安藤助役・大谷教育長と出席しました、予算査定が終わっていたので少し余裕のある雰囲気で対応できましたが、飲み過ぎました、体調(風邪らしい)も良くありませんでした。
24日 町長予算査定が順調に進んでおります?この厳しい時代を早く切り抜けたいですね、消費者協会より「昼食を一緒にいかがですか」とお誘いを受けました、ホクレン主催の「牛乳消費拡大料理教室」の作品をごちそうになりました、料理のこつを心得ている若くて美くしいお姉さん方が作ったのですから美味しいはずです。(カメラの性能が悪くて申し訳ありません)
家畜商業組合総会が町内で開催され懇親会に出席しました、財政健全化の補助金見直しで17年度予算から零査定でした、馬産総会同様に町民ボランティアにの本格的な活動について、この町民の心が必ず町を再生させてくれると話しました。。
23日 年に一度の人間ドックの通知が金曜日に届き、町長予算査定の日程を変更して受けることに、午前中で終了したので食事をいただいて結果説明を聞かずに帰省した、16年から受検し3回目になる、数値が良くなる要素はないと思っている。
浦幌町馬産振興協議会総会の懇親会に出席し、財政健全化の補助金見直しで18年度予算零査定にご理解いただいたお礼、住民と行政の「協働のまちづくり」実践例としてのアイスアリーナ、町民スケートリンク整備にに取り組む住民の様子等話しながら乾杯、私はかつて競走馬を所持していたのでは話が弾みます。
検診の帰りに閉校になった吉野小学校グランドに雪上パークゴルフ場が設置されてあるのを発見、昨日の日曜日は流行ったでしょう靴の後が無数にありました。
22日(日) 第12回十勝剣道祭りが浦幌町総合スポーツセンターで開催され挨拶をさせていただいた、十勝女子剣道選手権大会には27名が出場し年齢別で対戦した、35才未満の部では芽室の山崎選手が優勝したようだ、浦幌町から女性剣士は出場していない、光川十勝管内剣道連盟連絡協議会会長のお話では「女性の剣道が始まって20年ぐらいで歴史は浅いですよ」小さい豆女性剣士から始まりました、主婦で剣道をする人はほとんどいなかったそうです。浦幌剣道連盟の選手はCブロックで2勝しあと一試合でした、息子の同級生(選手宣誓している)も出場していたので最後まで応援したかったのですが残念でした。
22日 池本柳次と共に新年交礼会が十勝川温泉笹井ホテルで開催された、後援会長が今田氏から杉山氏へ引き継がれたことが報告された、18年から2年間で1800億円削減目標の道財政について特別会計にメスを入れる必要があると話しておられた。
22日 帰省途中に十勝川の河口橋に行ってみました、真っ白に結氷した氷上で釣りをしている方がまだおりました、午後3時半頃ですからかなり寒いと思います。
21日 浦幌町商工会女性部新年会が町内の飲食店で開催され中川課長・岡崎係長と出席した、ビンゴゲーム、競馬ゲームで楽しみながら懇談させていただいた。2次会でいつもの歌を歌わせていただいた、私は歌が苦手と自認している。
20日 町長予算査定の最中に消防サイレン、急遽上浦幌の火災現場へ、牛舎火災だったが幸い発見が早く消防団員の消火活動も早かったので鎮火が早かった、日頃の訓練の成果と消防団員としての自覚が頼もしい消防団員を育てている。明日の剣道大会に出場する選手もいるそうです。
20日 コスミックホールで永年勤続優良従業員表彰式を商工会と共催した、30年以上勤続2名、25年以上勤続3名を含む45名が受賞された、戦後の日本の発展は地方で働く従業員が支えめざましい発展をしたが我が国経済の大きなうねりの中で一番苦しんでいるのが地方の中小企業とその従業員である、明るい将来を期待したい、浦幌町も町民の知恵・工夫によりこの厳しい時代を乗り切っていきたい。左の写真は30年勤続で謝辞を述べる浜名さん、彼は浦幌消防第1分団部長として活躍されている。
19日 18年度予算の助役査定が先月で終わっておりいよいよ今日より「町長査定」が始まりまちづくり政策課・教育委員会と進めた、厳しい査定をしている、時には職員と厳しい意見対立となることもある、笑顔で対応できるまでには至らないようだ(私が)。
上浦幌行政区長会に出席し行政区の再編についての取り組みを説明した、浦幌町には66行政区あるが町条例で定められた郡部20戸市街地区50戸を下回る行政区が約30行政区あり極端に戸数の少ない行政区から再編を望む声が数年前からあった、町内活動の充実と効率よい行政運営のために今年度から取り組み19年度施行を目指している、しかし過去の経緯もあり難題のようだ。私は少し長い挨拶の時間をいただき行政区・投票所の再編について、市町村合併の今後の考え方、アイスアリーナ・球場・町民スケートリンクに代表される協働のまちづくりの芽生え、留真温泉の休館について、9月に否決されたパークゴルフ場料金改定案と財政健全化について、危機管理意識の共有〜どんな時でも町は全力を尽くしますので区長さんにお願いしたいこと、予算規模・町税・地方交付税・公債費の過去からの推移、町職員が10年間で約30名減少し給与水準を比較するラスパイレス指数も十勝管内最低だが職員が頑張っている報告等させていただいた。
18日 第1回町議会臨時議会を招集し議案審議いただいた、昨年の台風14号被災河川等の災害復旧補正予算、除雪費の補正、購入予定の海上保安庁職員宿舎等の補正予算が主な物であった。海上保安庁職員宿舎は農業振興目的に購入し農協に貸し付けする、農協職員・農業ヘルパー・新規就農者宿舎として利用する。
浦幌消防団正副分団長会議〜本年度最後の会議で今後の予定・18年度行事予定等協議、厳しい予算編成が続いているが18年度も削減についてご理解いただくよう話させていただいた。懇親会にはいり、各分団の正副団長と個別に協議させていただいた、今年度で山本署長が定年退職となる。
17日 18年度予算に向けた消防後援会会長他役員との打合せを行いました、厳しい財政状況を理解いただき昨年から削減しておりますが18年度から当分の間の削減目標を定め各消防後援会で協議していただくことになりました。
11頃出発し釧路市産炭地域振興に関する会議に出席しました、今後の振興方針・新基金について協議を行いました。国道38号線の道路事情は除雪が徹底されすこぶる快適でしたが、今年は雪が多い釧路市内に入ってから時間がかかりました。
一度帰省し打合せ後あわただしく厚内へ、厚内行政区長会を開催していただき全町的に取り組んでいる行政区再編について説明し、厚内の行政区の現状と再編について協議しました、区長さん方にはご理解いただけましたが行政区の総会で話していただくことになりました。
16日 11日開催から変更になった第39回ホルスタイン改良同志会定期総会に出席した、昨年の会員の活躍はめざましく、町内豊北の酪農家の飼育牛が全道大会に2頭出陳、その内の一頭が全国大会に出場し、全国1等賞3席の成績を収めました、聞くところによると全国大会は5年に一度の大会だそうです、行財政改革で2年続けて水道料を値上げし大量に水を使う酪農家の負担が増大していること、乳牛の淘汰、生乳について4月より規制が始まること、しかし皆さんが希望を胸に活躍されていること、今取り組んでいる18年度予算編成が非常に厳しいがアイスアリーナ・町民球場・町民スケートリンクの住民管理等協働の芽生えがあります、住民と一丸となって次の世代に希望のもてる町を残しましょう。
16日 浦幌町行政改革推進委員会を開催、浦幌町第3事業性改革大綱(集中改革プラン)について協議をいただいた、集中改革プランは17年度中に作成し公表が義務づけられているものです、今進められている2次行革の推進状況についても達成された物は削除し新たに追加するなど見直しを行った。
ホルスタイン改良同志会総会に出席するため農業協同組合に行ったら町の除雪チームが排雪作業をしていた、今年は雪が多いので除雪費を使い切ってしまい、18日の臨時議会で補正しなければならない。
14日 浦幌町商工会青年部新年会が町内の飲食店で開催された、村上会長が昨年を振り返りながらYou遊ナイトの成功など商店街の活性化に果たした青年部の役割とこれから取り組む「テレマップ」事業等今年度末から本年の抱負を述べた、ビンゴゲーム等で楽しみながら交流し、2次会も楽しく交流させていただいた。20名弱の商工青年部だがしっかりとした自らの商売の経営、町の活性化に活躍いただいている。
13日 *浦幌町酪農振興協議会定期総会に出席し、「昨年の農作物は豊作との想いがあったが価格等の影響で私が想定していた以上の落ち込みだった、4月から生乳規制と3月中までに乳牛を十勝管内3000等淘汰と聞いている、また農業政策等の農業環境が厳しいが神谷組合長を中心に組合員が英知を結集して発展することを願っている、昨年の音更の共進会で優勝した牛と写真に収まったのは私にとってはよい思い出となった」等挨拶し帯広に向け出発した、国道の道路事情がそれほど良くなかったので注意しながら運転したので町村会に滑り込みセーフだった。
*市町村行政懇談会が帯広市で開催された、「食の安全確保への学術貢献」として帯広畜産大学長澤秀幸副学長の講演をいただいた、大学の活動を中心に食の安全について講演、S16年高等獣医学校として設立、国立89大学中の畜大の位置、予算面、教授陣の数、また大学の目的を「人材育成」の面から説明され、地域貢献についても話されたいた、続いて開催された市町村新年交礼会で長澤副学長に畜大と留真温泉の共同研究の取り組みについてお礼を述べ、次の段階へのステップについて、どの部分・成分が糖尿病の予防に役立っているかその実証についてお話しをさせていただいた。
12日 葬儀(町内)弔辞
11日 ホルスタイン改良同志会の総会が本日の雪と会長の母親の不幸が重なったため延期になりました。テレビで報道される豪雪被害を見て「ほっぺが痛いぐらいしばれるけど雪少なくて良いよね」と話していましたが、昨夜からの雪で早朝より除雪車が出動しました、急遽18日の臨時町議会に除雪費の補正予算を提出することにしました。そんな雪の中4月からくりりんセンターに搬入する一般ゴミの収集車が納入になりました。4月からは不燃・可燃に分別して収集します、くりりんセンター(帯広市)までの搬入時間も入れて2台体制が必要と判断しました。今後も町民の負担を考慮しながら更に良い方向へ検討を続けていきます。
10日 午後から山本消防署長と重篤・救急患者の受け入れについて帯広市内の5病院へ新年の挨拶、夕刻5団体共催で開催された自衛隊協力団体連絡協議会新年交礼会に出席、パキスタン国際緊急援助隊活動のビデオ・堀井航空援助隊長(第5旅団第5後方支援隊長)の特別報告を聞いた歴史的なパキスタンと日本との係わりから自国の歴史を学ぶ必要性、また援助に当たっては「自己満足の支援ではいけない」援助する国の事情を十分理解して対応しなければならないなど話されていた、中川参議院議員が「道議が出席の予定だったが急遽委員会が開催されることになり急遽私が予定を変更して出席することになった、国民がしっかりとした日本の歴史観を持つ必要性」について話された、地元で所用があり1時間ほどで退出した。
9日(月) 浦幌に生まれ育ち農家をされいましたが、帯広市内で葬儀をあげられたので出席し弔辞を述べさせていただいた。
8日(日) 浦幌町成人式が中央公民館で開催されました、会場入り口には琴の調べで新成人を迎えお茶会が催されておりました、 今年の新成人は86名ですが約60名以上が出席しておりました。浦幌町は本年開町107年になりますが、浦幌サロンコーラスの合唱(浦幌には町歌の他にたくさんの歌があります、浦幌川よ、双運川旅情、浦幌復興音頭、浦幌小唄、浦幌音頭)と「語り」で「ふるさとビデオ」をすばらしい歌声で浦幌町を案内していただきました。越中獅子舞の流れをくむ明治30年頃から伝承されている町無形文化財の「浦幌開拓獅子舞」も披露されました。浦幌町は16年度より式典のみとなっております、後に聞いた話ですが、有志が音頭をとってある会館で交流会を開催し約50名強が集まって同窓会を開催したと新成人の親から聞きました、「気兼ねなく交流できてよかった」と言っていたとのことですが「私たちがお手伝いできる事がであれば」と思っております。
8日(日) 喜多龍一道議の新年交礼会が町内のコスミックホールで開催された、成人式終了後着替えて出席、日頃ご指導をいただいているお礼を申し上げ、厳しい行財政運営をしている地方自治体の応援団長として喜多先生が活躍されていることに敬意を表し、挨拶とさせていただいた。現在は道議会文教委員長として活躍されている。
7日 お祝い事があり上士幌町へ、みどり鮨で食事会をしましたが、明石産の鯛の塩焼き他豪華な料理をごちそうになりました、少しビールをいただきましたので妻の運転で帰省しました。
6日 *浦幌町の新年交礼会が町民約100名が参加してコスミックホールで開催、「こんな時代だからこそ交礼会で顔を合わせ励まし合って元気を出したい」と挨拶し交流にはいりました、酒を酌み交わしあって楽しい時間を過ごしました。(写真はありません)
*その後職員の新年会を6カ所ハシゴしました、出納室、施設課、保健福祉課、老人ホーム、総務課と回り、産業課にたどり着いたのは2次会の席上でした、「一杯ずつ飲んでも」と注意しておりましたがやはり飲み過ぎたようです、しかし有意義な交流でした、飲んだ席とはいえ職員からたくさんの意見を聞きました、職員の顔が頼もしく思えました。
6日 仕事始め式仕事始め式を9時から、永年勤続職員表彰、まちづくり政策課長が年末に退職したのでそれに関係した人事をし、新年の挨拶をしました、私は挨拶が不得手なので何日も前から悩んでいるのに直前にならないとまとまりません、今年も悩まされることが続きます。
*町民が主人公のまちづくり *17年度を財政再建元年と位置づけたが18年度はその継続となる、更に厳しい運営・予算編成となる *協働のまちづくりが確実に動き出している〜アイスアリーナをアイスホッケー連盟が、町民球場を野球連盟が、町民スケートリンクをスケート少年団育成会が無料奉仕で管理運営してくださっており、関係者に感謝している、財政が悪いからと一時的なものにしたくない *職員の減少・ラスパイレス指数が管内最低と職員環境は最悪だが「職員はよく頑張っている」今後も更に努力を望む *農村センターの閉館・12月からの留真温泉の閉館は今の浦幌町を象徴しているようだ、留真温泉については3月までに将来につながるような方向性を町民・職員と話し合いたい *町政推進には職員の健康が第一・町民が安心して暮らせるまちづくり・町民に信頼される行政推進に全力を尽くしたい、、、、、こんな感じだったでしょうか。
老人ホームの新年交礼会に出席し長寿をお祝いし記念写真に収まりました、ホームの入り口にこんなかわいらしい職員の真心を見つけました。
5日 *浦幌乳業新年挨拶浦幌乳業の仕事始め式に出席し幹部社員の前で激励の挨拶をさせていただきました、浦幌乳業は町出資50%以上の第三セクターです、生乳が余り気味とのことで正月休みを返上して操業しておりました、社員の平均年齢が若いの将来が楽しみです。
*北海道新聞社帯広支局の新年交礼会に出席しました、その後安藤助役と帯広市内他町外の挨拶回りをすませました。
4日 浦幌団消防署出初め式が中央公民館で開催されたました、十勝支庁より日頃ご指導いただいている斉藤地域政策部長が出席し祝辞を頂きました(左の写真)、浦幌町には本団のほかに4分団ありますが日頃から訓練を重ねた精鋭揃いです、団員は定まった職業を持ちながら町民の生命財産を守るという崇高な消防精神をもって活躍していただいております、長年勤続された表彰式もありました、本年は本団(毎年各分団を順番に回る)の懇親会に出席させていただきました、本団には女性消防団10名がおりますその中に元私の自宅のすぐ前の漁業組合出張所に勤務していた方が入団しておりました、特に女性消防団員は防火・救急啓蒙活動に活躍いただいております、永い活動になると思いますがよろしくお願いいたします、その後団員のお宅におじゃましごちそうになりました、何よりも赤ちゃんをだっこできたのはうれしかったですね(私にはまだ孫がいない)。
2日 箱根駅伝をテレビで応援してから役場へ、出初め式に使用する制帽をとりに行きました、丁度雪が降り出した頃でした、町長室のベランダから写した静かな役場周辺です、平穏な一年を望んでおりますが、地方自治体をとりまく環境の厳しさを考えると心配なことばかりです。
1日 夕刻妻の実家へ、例年妻の兄弟4人の家族が集まりにぎやかに夕食を食べます、今年は仕事の都合で子ども達2人来られなくて総勢14名になりました、最後にそれぞれが父の仏前に供えた物をいただきます、昨年に続いて佐賀から届いたいちごがおいしかったようです、実家へ向かった夕方5時頃は−13°でしたが、帰る頃(pm11時頃)は小雪が降っており−6°でした。
午後から留真温泉に、12月から休館しておりますが、温泉水は利用していただこうと露天風呂に使用していたところに水汲み場を作りました、開館中に利用していたときは飲泉の許可を取っておりましたが、同じ所から引いているのですが飲用の許可は取れませんでした。ペットボトルに数本汲んできて利用しております。
1日 元旦の朝はいつもの水汲み場で地球の大地から湧き出したばかりの若水を汲んできました(今年初めての写真がどうもピンぼけのようです)、父に教えられてきたとおりに神棚に若水を上げました、職業上小さな稲荷神社(左の写真少し傷んでいる)を持っておりますがここにも若水をあげました、気持ちよいほどに寒い朝でした、海原から揚がる朝日はすでにまんまる、日の出の時間からかなり遅かったようです、元旦の朝食には昨年我が家で捕った秋鮭の切り身を「おいしい!」と言って食べるのが我が家の習わしです。