Kohari Farm Homepage

平成18年 撮影(後列左から2人目が私)
1919年(T.8年)生まれ 1923年(T.12年)生まれ
 若い頃より朝早くから夜遅くまで、身を惜しまず働き、我が家の基盤を築き上げた。この30年間はもっぱら庭木の手入れとゲートボールに興じていたが、最近ではデイサービスが唯一の楽しみ  おじいちゃんと共に畑仕事に精を出すかたわら、4人の子供を育て上げる。一方では、5人の孫の世話もしながら家庭菜園と花壇の手入れに奮闘。今ではひ孫3人の成長を楽しみながら、地域の高齢者学級の行事に喜びを感じている。
1947年(S.22年)生まれ 1959年(S.34年)生まれ
 生まれも育ちも生粋の十勝・音更っ子。団塊の世代と言われながらもまもなく還暦、「光陰矢のごとし」の言葉を実感している昨今である。
 農家の跡取息子として30年余り「農」の道を極め、近年は息子に経営の舵取りを委ねる。以来、地域活動をはじめ団体活動、趣味と実益を兼ねた野菜づくりの傍ら、パークゴルフ、釣りでリフレッシュ。
 現在は本業である音更町の議員として、住民の幸せのため、日夜、東奔西走の日々である。唯一、孫と戯れるひとときが一番のカンフル剤。
 まったく環境の異なる世界に飛び込んで早30年。ゼロからのスタートだったが、今では立派な農家のお母さんとして、大家族の我が家を取り仕切っている。5人の子供を育て、今では家の農作業の傍ら、大好きな花作りと、地域の仲間とのミニバレーを楽しみながら、孫の良きパートナーとして頼られている。
1970年(S.45年)生まれ 1968年(S.43年)生まれ
 十勝の農業が近代化に向け機械化が進む中、わが家の長男として、現在地で生まれる。
 農業高校を卒業後、数年修行のため、あちらこちらで他人のメシをいただき、20歳頃わが家へUターンして就農。5年ほどもっぱら農業技術の習得に励み、30歳にしておよそ40haの畑作経営のノウハウを身につけ、いまでは、3人の子どもの親として、「一人前」と云われるまでになり、
 「こはり農場」3代目として中核を担っている。
サラリー(JAおとふけ)生活にピリオドを打ち、平成9年わが家9人目の家族として仲間入りした。独身時代とは全く環境の異なった農家の生活、そして大家族の中にあってもいつも明るく元気。9年目を迎えた今では、3人の子どもの母として子育てに専念するかたわら、365日、家族の炊事を賄っていきながら、慣れない農作業にもがんばっている。
1998年(H.10年)生まれ 2001年(H.13年)生まれ
 男系家族の中で、久方ぶりの女の子誕生で、皆に可愛がられ育ち、早8年。保育園を昨春終えて、小学校に入学。毎日元気よく通学している。小さい頃から活発でおしゃべり好き。強情な性格のせいか最近ではお母さんと壮絶なバトルを展開して、賑やかな日々である。 わが家の4代目(となるか?)として、21世紀元年に生まれ、11人目の家族として健やかに育つ。毎日、元気いっぱいニコニコスマイルで家の中をはしりまわって、みんなに愛嬌を振りまくアイドル的存在。今年は保育園3年目の年中組で、弟と仲良く通園している。
2002年(H.14年)生まれ 1974年(S.49年)生まれ
 収穫の秋、最中の10月、わが家の3人目の孫として誕生、12人家族の一員として仲間入りし、名実共に4世代同居の大家族となった。 毎日の生活がお祭りのような賑やかさで、核家族化が進む今日、珍しい家族のスタイルかも。今は、ただ、強く、たくましく育って欲しいと願うのみである。保育園に、毎日元気よく通っている  次男として生まれ、地元の小中学校を経たのち、故郷を後にして札幌の高校に進学。卒業後、(株)コクドに入社。北広島のプリンスホテル、その後、故郷十勝の上士幌ゴルフ場に転勤。平成15年春から、地元帯広にある土木関係の会社に転職。慣れない仕事にチャレンジ中。
現在、独身貴族。
1980年(S.55年)生まれ 1982年(S.57年)生まれ
 高度経済成長の真っ只中に生まれ、小中学校時代の夏は野球、冬はアイスホッケーに打ち込む。高校ではハンドボールに汗を流し、大学では学祭やボランティア活動ににエネルギーを費やし、大学を4年で卒業後、今は「地下鉄マン」として日夜奮闘中!社会人として都会暮らしを謳歌している。  わが家の末っ子として生を受けすくすくと育ち、兄弟の中では一番背の高いおっとり型。兄の影響を受けたのか小学校から高校までもっぱら体力づくりをかねて野球に没頭。その後親元を離れて東京の大学へ。卒業後、今は故郷へ戻り目標に向けての求職活動中!!

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