私の祖父は1904年(M.37年)、静岡県賀茂郡南中村(現在の南伊豆町)より、晩成社山田彦太郎、その甥山田健治を頼り単身渡道、池田町利別にて一年間十勝農業の習得に励み、翌年一家を呼び寄せ、字然別に入植。1917年(T.6年)谷中農場より現在地を買い求め、大正8年の大水害を契機として1920年(T.9年)現在地【鎮錬】(ちんねる)に転居。
私の父は4男7女の次男として育ち、幼少のころから家業を手伝った。1944年(S.19年)(父25歳のとき)、近隣の農地12haを買い受け分家し、15坪の住居を構え、馬2頭で農耕を始める。その後、逐次経営の規模拡大を図り、1965(S.40年)には長男である私が農業に従事。冬期間大学で学び家業をサポートしながら、農業技術の習得に専念したが、おりしも時代は農業の構造改善による農業の近代化が始まった。馬からトラクターへと機械化が急速に進み、それに伴い農地の拡大による、経営規模の大規模化の道を歩み続け今日の十勝農業の典型的な姿に至った。現在は経営の殆んどを3代目の息子に任せ、小麦、ジャガイモ、ビート、豆類の畑作物を主体にスイートコーン、アスパラ、メロンなどの野菜類にも手を広げ約40haの広大な大地を相手に畑作専業農家として、家族12人が暮らしている。 |