Otofuke Town Mannen 万年地域総合活性化プロジェクトチーム【考えてまんねん】

万年はどんなところ?
 帯広市の北隣、音更町の西端で芽室町の境に位置し、南北5km、東西5.5kmの地域である。十勝川水系の然別(しかりべつ)川、ハギノ川、鎮錬(ちんねる)川流域にあって平坦地とゆるい傾斜地、高台地と比較的起伏に富んでおり、気候的には十勝中央部の条件と一致。
歴史的背景
 私の住む万年地区は明治末期に開拓の鍬が下ろされて以来、万年土功組合(万年土地改良区の前進)の開田ををはじめとして、高倉農場(高倉地区)、谷中農場(鎮錬)による開拓が進み、農畜林業の生産も伸びて入植者も増え、幾多の変遷を経て、第2次大戦後には6行政区200戸強の住居と小学校2校、中学校1校、在学児童、生徒も300名を超える一大農村集落ができ上がり、音更西高台の米どころとして隆盛を極めるとともに、町の発展に尽くされた数多くの功労者を送り出した地区である。

 先人、先輩の手で築きあげられた今日までの歴史を振り返って、地域の良さ、特色を今一度見直し、みんなで知恵を出し合い地域に活力を取り戻そうと、万年地域総合活性化プロジェクトチーム【考えてまんねん】が1993年(H.5年)にスタート。
 ワークショップによる地域将来構想づくりに着手。
「いままで百年これから万年」をキャッチフレーズに豊かで明るい地域作りのために頑張っています。

 私達の住む万年には、平成2年に東京から(株)象設計集団、(株)高野ランドスケープの2つの会社が小学校の閉校跡地に移転。国内はもとより世界各地を舞台にして活躍しているスタッフの皆さんも一緒に、一体になって地域活動を行っています。

第3回豊年万作祭り1998年(H.10年)より
 都市と農村の交流を目的とした各種イベントやコンサートを開催。とりわけここでは豊年万作祭りを紹介します。
豊年万作祭りスナップ[1998(H10)より]




←牧草のロールでステージを作り、フォークリフトがセリに化ける。
 祭りを作る人も、見にくる人も全てが祭りを共有でき、その感動が地域を熱くする。

第3回豊年万作祭り1998年(H.10年)より

豊年万作祭りスナップ[2002(H14)より]
●オリエンテーション

●レクチャー

●設営

●当日

万年地域総合活性化プロジェクトチーム【考えてまんねん】